「左手の蒼穹」
桐ヶ谷忍

あの日
骨ごと断つ勢いで斬りつけた左手首に
病院のベッドの上であなたは
切り取った雲一つない青空を
私の傷口に深く埋めてくれた

重い曇天に覆われてる毎日の
奇跡的に雲が途切れた瞬間の
陽光に輝く空をあなたは
心臓に据えて

その断片の半分を私に
傷が塞がったと同時に
私のこころは左手首に固定された

傷に障らないように
泣き笑いしながら
移植してくれた
どれほどの暗がりにいようと
蒼穹は私の中にあるからと
黒々とした雲の上の世界の
脈打つピースを忘れないでくれと
嗚咽に変わるまで言い聞かされ

傷跡は一生消えないだろう
けれどそれは埋められた空を
忘却されない意味になる

これは数年前の話
行って来ます、とあなたは朝玄関を開ける
私は左手を振る
行ってらっしゃい、と笑顔で


自由詩 「左手の蒼穹」 Copyright 桐ヶ谷忍 2018-12-17 12:40:59
notebook Home 戻る  過去 未来