小夜時雨
帆場蔵人

小夜時雨

雨がしとしとおしゃべりしてるよ。ぼくたちが忘れてしまった言葉で歌っているね。ぼくら魚だったころあんな風に泳いでいたのさ。雨粒は小さな海だからひと粒、ひと粒に、ほらだれか泳いでいるよ、なんてひろいのだろう。眼は滲んでぼやけて、海粒が降るよ。

七十億の雨粒の海がこんなに世界を叩いているから、きみの海だってあるだろう。うそぶくよ、ぼくら魚だったころあんな風に泳いでいたのさ。うそぶくよ、ひとりで泳いでいたいのさ。

海粒の水平線があんなに丸く滲んでいるのは、そう夜明けが近いから。火にかけたポットが鳴き始め、ぼくの海はポットの熱で弾けて煙に変わって消えた。夜明けが近いとうそぶきながら、自分で自分を煙に巻いている。そんなこんなで雨も海も魚の記憶もドリップしてしまえば、琥珀にのまれてきえていく。さぁ、眠れぬ夜に挨拶してまわろうか。雨が止むまで歩いて誰かのために傘をひとつ、置き忘れてこよう。


自由詩 小夜時雨 Copyright 帆場蔵人 2018-12-16 21:41:18
notebook Home 戻る  過去 未来