夜道 〜19:03 応答せず〜
帆場蔵人

ガラスケースの中には
成人を迎えた晴れ着姿の女や
子どもを抱いた夫婦、百歳を
迎えた女の満面の笑み

とぼとぼ、夜を歩けば
冷やかな風が問いかけてくる
その顔はなぜ、俯いているのかと
ひとりの男が逝ったからだ
だれかの父が去ったからだ
だれかの夫が息を止めたからだ
だれかの息子が還ったからだ

ガラスケースの中、人生はあの人が
去る前にも後にも続いていき、彼の
手がそれに触れることは、もうない

とぼとぼ、夜を歩けば
冷やかな風が肩をあててくる
お前はその男のことなど
昨日の今頃は気にもして
いなかったじゃないかと
耳元で囁いては去ってゆく

俯くことで、否定していたかった
俯くことで、眼を逸らしていたかった
俯くことで、他人のふりをしていたかった

負け犬め、おれはあんたのようには
なりはしないと叫んでいたら
違ったのか、震える携帯を
無関心に放り出したとき
ひとつの生命を手放したのだ

顔は忘れても
神経質なまでに整えられた髪や
最後の着信履歴の時間だけが
ふいに足にからんで、おれを
夜道にふらつかせる

ガラスケースの前に留まる風はなく

とぼとぼ、夜を歩いて
おれはお前を心底、知らなかったのだと
告白してまわれど、応える声はなく
とぼとぼ、ちいさくなり、とぼとぼと
夜風に巻かれてきりきり舞い散った





自由詩 夜道 〜19:03 応答せず〜 Copyright 帆場蔵人 2018-11-15 00:48:22縦
notebook Home 戻る  過去 未来