嘘つき
腰国改修

「私は告白すべきなのでしょうか。寒々とした六畳一間で一人で暮らすようになって八年が過ぎました。和製日本語のようで妙な名前のマンションで、マンションと言っても全く高級感のないものです。左右の隣室には差があるのです。左の部屋は物静かな初老の男性が住んでいました。彼はその日の行動がまるでスケジュール表があるかのようにピッタリ決まっています。お陰で顔を合わすことはありません。私は他人と交渉を持つのが苦手なのでちょうど良いのです。右隣は空室で、私が越して来てからは誰も入居していません。何か以前に事件にでもあったのかと勝手に想像しています。ああ、何の話でしたか、話しがそれました。焦ってるわけではないんですけどね。それで、ええ、何の話だったか。あ、告白。私は告白したほうがいいのかということでした。いえ、何の告白かといって、実は幾つもあるのです。本当に自己嫌悪に繋がりかねません。要するに私は嘘つき、虚言癖があるのです。そういう意味では何人も騙してきて、何人も未だに真実を知らない人もいます。信じてもらえないでしょうが、騙すつもりはないですし、騙すなんて良くないことだと言うことも分かっています。大小は別なのかもしれませんが罪であるのには間違いありません。私は詩を書くのです。真実を書くこともあります。しかし、何の拍子か、創作の世界に没入するというのか、いや、そんな話をしたらプロの物書きや芸術家に弾劾されるでしょうけれど、ともかく、書くことに集中すると、嘘も方便などと簡単に言ってられないほど、力の限り嘘を書いてしまうのです。実は一緒に暮らしたいという女性がいて、少し遠いところに住んでいるんですが、私はあまりお金がないので、懸命に自転車を漕いで彼女の街まで行き、あたかも電車でやってきたように、駅舎の中の土産売り場がどうだ、途中車窓から溜池が見えたなど、そこでも嘘を重ねるのです。そうなるともう、何が本当か嘘だかは分かりません。だから、何も考えずに話しました。私は一枚の色紙に小さな詩を書いて彼女に渡しました。読む人が読めば、ああ、この場合は彼女ですが、彼女が読めば一緒に住もうと、一種のプロポーズのように感じてもらえる趣向にしてあったのです。ただ、本当のところは、彼女と暮らしたいというのは嘘で、彼女と暮せば、その娘とも暮らすことになるということを分からないように隠していました。彼女はそれを知らないので、私のラブレターのような詩を真実のものと捉えて、喜びの表情で甘い声を出して私に話かけて来ました。それは、首尾よく朗報に接したのですが、実は私はあなたの娘さんの美しさに魅了され、出来れば生涯その成長する姿を父として見てみたい。そしていつか嫁ぐ日には心の苦しみを存分に味わいたいと、それら真実の心情を告白すべきなのかと日が経つにつれて思うようになってきたのです。私は告白すべきなのでしょうか。あの色紙に書いた詩も、あなたへの思いも、振る舞いも実は嘘でしたと告白すべきでしょうか?」
 私が話し終えると目の前の女性が話した。

「そうだったのね。あなたは自分でも認める嘘つきの詩人さん。何だかんだ相談事があると、その都度私を呼び出して、私は、ああこの人には私がいなければいけない、どうしょうもなく弱い人、だから私が守ってあげなければと思うようになっていた。好きになっていたし、愛しいと思っていた。私が年上だから、見事にあなたの虚構に母性本能ごと騙されたのね。何だか私もあなたも哀れね」

 私は言葉が出なかった。
「そうね、彼女には、告白しないほうがいいわ。ずっと、黙って、心の奥にしまっておくの。ずっとよ」

 私は黙って頷いた。

「それにしても、私も告白するわね、私はね相談相手のいいお姉さんではなくて、嘘でもいいから好きだとか言ってほしかった」

 私は何も言えなかった。
 気がつくと彼女は席を立ち、レジで二人分の喫茶代を払い終わっていた。喫茶店のドアに吊るされた、ありきたりのカウベルが鳴ったときもう彼女の姿は見えなかった。








散文(批評随筆小説等) 嘘つき Copyright 腰国改修 2018-11-02 16:06:47
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