恋文がバイクに乗って来たとは言えなくて
こたきひろし

その頃
私は手紙に執着していた

記憶の引き出しにしまってある
その頃という一定の期間には
時間の埃がそれなりに積もっていた

ある日
何となく引き出しの奥から探し出して
太陽の光に持ち出してみたくなった

かぶっていた埃を払いのけると
よみがえってきた思い出に
私はお久し振りと挨拶を交わした

その頃私は手紙に執着していた
便箋に手書きで文書を書いて封筒に入れ
舌で舐めて封印した

私が頻繁に手紙を書いて送ったのは
その都度返事の手紙が相手から返って来たからだった

その頃私は若かった
それなりに純粋で
それなりに孤独だった

けして悲しくはなかったけれど
男友達は一人もいなかった
欲しくもなかった

私は人付き合いの能力が欠けていた
私は
たとえ肉親を相手にしてもろくに言葉が交わせなかった
親族の中においても浮いた存在になり勝ちだった

だけど一人前の雄に成長すると
どうしても
女友達が欲しくなった
本能が強くその方向に差し向けたからだ

だからといって
不器用で内向的な性格が支える体に
にわかに雌を引き付ける逞しさも獣らしさも
降ってわいて来る訳がなかった


それでも私は一人の女性に狙いをつけた
だが
彼女の心臓を射ぬくためにの有効な武器を持たされていなかった
私が思い付いて、繰り出した手段は
手紙のやり取りだった

そして
彼女はそれくらいなら、と軽く文通を受け入れてくれた

文通は一年近く続いたがあっけなく終わってしまった
しかし
どうしてもその理由が思い出せない
実はそこだけ記憶から欠落してしまっていたからだ
それは
忘れたいという
一途な思いにかられたせいだろうか

その頃私は手紙に執着していた
手紙のやり取りに執着していた

しかしながら
私が棲んでいたアパートの部屋に郵便受けは一つもなかった
だから
バイクに乗ってやって来る配達人は私の部屋のドアの隙間に手紙を差し込んで
去って行くのだった
それはまるで月光仮面のようだった
のかもわからない





自由詩 恋文がバイクに乗って来たとは言えなくて Copyright こたきひろし 2018-10-23 00:58:09
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