美空の下に美空の果てに
こたきひろし

JR線の駅が近い。線路の上にかかる橋の上から通過していく電車の音を聞きながら歩いていた。

もしかしたら余命幾ばくもないかもしれない私の命。
人間の寿命なんて人それぞれに違いがあるけれど一世紀をながらえる人は奇跡だろう。

生き物として、ヒトとして死を何よりも怖れてはいる。だけど一世紀を生き長らえる幸運の種を持って私は生まれて来てはいないだろう。そんな奇跡にあやかりたくはない。

JR線の駅に向かっ歩いていた。線路の上にかかる橋を渡りきると真っ直ぐには行かずに左に折れた。その先に駅があるからだ。
早朝の空気が街に立ち込めていた。空はいちめん青一色に染まり、何だか心が切り裂かれてしまうそうな美しさだった。
何だか即座に生きているのをやめたくなるような美しさだった。
平凡な日常が粉粉に砕けてしまう寸前のような痛みが胸を捉えてきた。

その日私はJR線の電車に乗って県外のとある街に行かなくてはならなかった。
定年を境にそれまでの職を失った私は、ずっと張りつめていた糸がぷつりと切れてしまったようだった。もう何もする気概をなくしてしまうと、無業のままに一年近くを過ごした。
しかし、僅かな退職金と失業保険を食い潰してしまいそうになってきて現実に
目覚めない訳にはいかなかった。それはまさに米びつの米がなくなっていく焦りだった。その焦りに追い立てられて何とか再就職の口を手繰り寄せた。そしてふたたび働く虫になる決心をした
その為に一日限りの研修を受けるため、私はJR線の電車に乗る必要に迫られたのだ。

生き物としてヒトとして、そして家族を支える父親として
避けられない逃げられない土壇場に追い詰められたような心情だった。
一年近くのブランクが重くのしかかってきた。

早朝の雲ひとつない空は美しい。だけどどうせならパラパラと雨が降ってくれた方が救われるような気持ちかがしてならなかった。


自由詩 美空の下に美空の果てに Copyright こたきひろし 2018-10-21 06:47:26
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