「春を待つ」
桐ヶ谷忍

雪が降っている感覚に、薄目を開けた
凍りつく湿度と、ほのかな光を感じる

雪の一片一片には
冬の陽がほんのわずか宿っているのだという
だから真白く淡く輝いているのだと
幼い頃、母が聞かせてくれた
地中深くに眠る自分のところまで
その感触が届くということは
地上はよほど吹雪いているのかもしれない

土に沁み込んできたつめたさは
いのちを氷らせる残酷さと
させまいとするような、光の温み

母の最期はこういうものではないかと思う
為す術なく亡くなるのを看取る苦悶と
死に際に浮かべられた精一杯の微笑のような
雪は、そんな両極を突きつけてくるようだ

思って、哂った
幻想だ
母は自分に向けて微笑んでくれなどしない
代わりに、死なれる嘆きもないだろう
そうさせたのも、そうなったのも、仕方ない
仕方ないと、諦めはついていたはずだ
まどろみに見た、ただの夢だ

手足をいっそう縮ませ、かたく目を閉じる
まだ眠らなければ
雪の下のこの暗い土中でただただ眠るのだ
春になったら土を掻いて、掻いて掻いて
地上へと這い出るのだ

春の陽は
自分を生んだ時に見せてくれた、母の微笑のようだろう
それだけは、きっと間違いないだろう


自由詩 「春を待つ」 Copyright 桐ヶ谷忍 2018-10-16 15:58:32
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