数年に及ぶ
こたきひろし

お袋が危篤
数年に及ぶ認知症の果てに

俺を産んだ女
俺を育てたかも知れない女
ほんとうはほとんどほったらかしだった

親父の母親に任せっきりで
自分は金を稼ぐのに一生懸命だった

世間によくいる
我が儘で酒好きで癇癪持ちで
虫の居所が悪いとすぐ激昂し
暴力
暴力
暴力
に走る男
それが俺の父親だった

そんな親父に日常的にいたぶられていた女
顔色ばかりうかがって
ひたすら忍従していた女

晩年は物忘れをきわめて
可愛い筈のせがれの顔も名前も見事に忘れてくれた


お袋の危篤を知らせる為に兄貴が俺の携帯を鳴らした日に
俺は車を暴走させられずに安全運転だった

道は混んでいたから余計無理だった
だから病院に着いたときは
お袋いっちまってた

数年に及ぶ認知症の果てに
お袋が死んじまった


身内はみんなお見送りが出来たのに
俺だけ見事に遅れちまった
兄貴の嫁さんにはこっぴどく怒られた
責められてもな

思ったが一言も反論はしなかった
これが最後の親不孝かと
その時初めて泣き崩れた

実の兄と姉は何も言わなかった
親父の時は余裕で間に合ったのに何の因果だ

兄貴の嫁さんにはこっぴどく怒られたのに
血を分けた親族からは何も言われなかった
なんてたって餓鬼の頃から遅刻ばかりしていた俺の事だからと
怒る気が沸かなかったんだろう

数年に及ぶ認知症の果てに
死んだお袋はまさか親父の所へは
行かなかっただろうなという思いがその時俺にしたのは
確かだった


自由詩 数年に及ぶ Copyright こたきひろし 2018-10-10 05:14:39
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