低い土地 2018・10
春日線香

茄子にソースをかけたものを食べて外に出た。人が叫んでいる。何事かと思うがこの目ではよく見えないので構わず歩いていく。車と車の間には程よい間隔があってところどころにきれいな売店も出ている。ジュースを買った。飲みながら歩く。人が倒れてもう腐っている。


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おじさんは女性器の形の彫像を作って暮らしているという。売れますかと聞くと売れないと言う。できの悪いものはたまに庭に放り投げているらしい。カラスが五羽、電線に並んで黒い目を光らせている。看板にぶつかってはいけないよと言うので、かなり苦労してそこを通過した。


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柿がべちゃべちゃ落ちていて歩きにくい。甘ったるい匂いに胸が悪くなる。今日は薬を切らしてきたので、全部やれるか心配だ。いつも以上に注意を払わなければ駄目になるだろう。部屋に入ってからもまだ不安で、しばらくは電気をつけたり消したりして心を落ち着かせる。


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突き飛ばされて線路に落ちたそうだ。痕が残っていたとのことで恐ろしくなる。数人で肩を寄せて話しているのがガラス越しにぼんやりと浮かび、途切れ目から足元だけがくっきりと見える。いろんな靴を履いていて、男と女の足がある。


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焼け跡を好む茸が一面に生えている。この先は藪になり、様々な鳥の住処になっている。近所の子供たちがよくボールをなくすらしく、金網が張られてその上にツタが絡みついている。ささやかにお化けの噂もあったりなかったり。


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うつらうつらしているうちに人が来て去ってしまった。まだ明るいのでもう一度呼ぼうかとも思ったが申し訳なくてやめる。それに夜には外に出かける用事もある。救急車が二台続けて通ったのがちょっと気になる。上着を着て靴下と靴を履いて暗い場所に向かう。


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地上の空気が薄くて息がしづらい気がする。冬服を箪笥から出していると余計に息が詰まって、ぞんざいな手つきで家事を済ませていく。天井いっぱいに知らない人間の顔が広がっている。どこまで読んだかわからない本を開いて、ゆっくりと記憶の脈絡を辿る。


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明晰なままで狂っていくのだ。私ではなく世界が。信号は青なのに携帯電話を覗き込んでいるせいで誰も渡ろうとしない。鳥は空中で弱く羽ばたいている。夜の鉄塔には犬も猫も人間も一緒くたに吊り下げられて、皆まだかすかに息がある。


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またこの場面。古い映画の中で若い祖母が蕎麦を啜る。つるつると延々と啜っているので逆に吐き出しているようでもある。黒縁眼鏡をかけて、お下げが二つ。その脇に若い祖父。母方の実家のようだがそうではないのかもしれない。地下かもしれない。




自由詩 低い土地 2018・10 Copyright 春日線香 2018-10-07 04:37:35縦
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