Elegy #2

──幻詩の果てへ。

 若い詩人のかさぶたは、0と1に濡れていた。端からゆっくり剥がしても、爪をたて一息に削っても、いつも同じ、0と1が滴るかさぶたを、うたうよりも速く書き写し、有事の際には、またたきよりも素早く消し、時に、消したという現実さえも消してみせた。
 そうして、かさぶたから0と1を延々とつむぎ、織り上げたポエムは、詩人がマスクを渡し忘れた日を境に次々と病に倒れた。詩人は悲しみ、慌てて蘇生法を調べ試みるも、誰一人として蘇らなかった。

 私はあの病原と詩人のマヌケさに感謝している。もしも、細胞をひとかけらでも公海に浮かべていたなら、再び釣り上げ、在りし日の姿を詩人に晒すことが出来ただろうが、ポエムはたむろしていた楽屋に縮れた染色体のひとつも残さず根絶された。

 若い詩人が、ひらひらと舞う小さなシルフィードだと思っていた、あれは染みのついたパンティーだった。深夜のキッチンで酸化した揚げ油に浸して鬱々と燃やすべきだった、履き古した下着をきらびやかに飾り立て愛でていた、詩人は、ポエムよりもずっと早くから病んでいた。死に至ることを困難にする不幸な病が自身を偉大な詩人たらしめている、と信じ込ませる病気を患っていた。
 萎えた陰茎についたティッシュペーパーをニュンペーの置き手紙と呼び、自動販売機に腰を擦り付け、陰毛で編んだ腕輪をはめた手で嬉々として糞を捏ね、自身を忌避する人をバカだとあわれみ、あるいは蔑み、箱庭に嘆きながら生きていた。ただの病人の一人だった詩人の唯一の幸せは、生来の気質としてマヌケだったことだ。マスクを忘れ、蘇生法を知らず、ポエムたちの残滓を拾うこともなくぽかんと葬列を眺めていた。

 いとおしいかな病める人、若き詩人よ、
 0と1に溺れる君は、実は簡単に死ぬことが出来るのだ。

  泣くな、賛美せよ、
  崇めるべきはパンティーでも聖女でも、
  ましてや図書館に並ぶ悲劇や寝言でもない。


自由詩 Elegy #2 Copyright  2018-09-25 22:29:20
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