すれ違い
アマメ庵

彼女はほんとうは、登ろうとしていたのではないか

山頂の標識に手を触れると、もうすることはなかった
あたりは一面雲の中で、遠望できるはずの峰々も麓の集落も、
あるいはどちらが上でどちらが下なのかも、わからない
熊笹が作った尾根道を下り、樹林帯に入り、すこし歩いててベンチがある
そこで彼女と知り合った

彼女はひとりだった
雲の中の山歩きは心細い
われわれは、天気の話やら、これまで行った山の話やら、すこし話して
すこし笑って、
いくぶん食い違いはあったかも知れないが、
どうやら一緒に行動をともにすることになった

ふたりで歩くといくぶん風が出てきて、雲が流れるようになった
とらりの山が見えるようになり、また見えなくなり、それでも少しづつ雲が払われて行く様だった
登って降りて、しばらく歩いて、
彼女が山頂の方を気にしていることが、気にかかった

彼女はほんとうは、登ろうとしていたのではないか

彼女は登ろうと、私は下ろうとしているときに偶然行き合った
そして行動をともにした
何となく、彼女は言い出せないでいるのかも知れない
またしばらく歩くうちに、疑念は確信に変わる

彼女は登ろうとしていたのだ
私は、登れるだろうか
きっと登れる
一度はあの峰に立ったのだから
簡単なことだ
彼女の手を引き、また登る
行きたいところに誘い、そして今度こそ一緒に降りれば良い

しかし、体力と気力とが私をためらわせる
私と言い出せず、歩みを進める
自ずと山頂は遠のき、やがて戻れないところまで行くのだろう

また一陣の風が吹き、
振り返ってみれば、微かに山頂が見えた


自由詩 すれ違い Copyright アマメ庵 2018-09-25 13:19:07
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