影をひく、日向にぬかる
吉兆夢

髪の毛の抜ける軽さで舞いあがったビニール袋が
ハの字に並んだ社宅のあいだを海溝にして見えなくなる
 溶断した五線譜に置く
 冷えた喧騒のフェルマータ
胸底のゲル状濁点や句点硝子の乱濁流を
込み上げるまま声にするにはあまりにそらはすきとおって
(かたむいていくあきのひあしにあめさえひかってみえるから)
俯いて引き剥がした
ぬかるみに歪な轍を残して
いつものようにペダルが回れば、この目はまた乾いていられる


だんだん縞の木洩れ日を抜けて坂道をくだっていく
瞬間だけわたしは風になれる
はるかにかすむ空想都市や遠いビニールハウスの反照を
腕いっぱいに抱きしめて、生きていけるような
「きょうは天気がよいのできっとカシオペアがきれいだね」
言いさした咽にオナモミが刺さって
、翳っていく
 、音もなく
伸された影が錆びたチェーンに絡みつき
坂の終いには
夜が、
真っ黒い夜がもう
側溝のあちこちから溢れ出している


わたしはまだ
あの汽車には乗れないのだろう
見送ることもできないだろう
林間にちらりと見えたアワダチソウの海
を渡っていった二つの影も
光量をしぼった幻燈のようにやさしくぼやけてはくれない
灯りはじめた洋梨の実を鞄に詰めこめば詰めこむほど
照らし出されるあなたの不在に完全な夜を見てしまうから
、けれど、きょうは、天気がよいので、
終止線を添えた五線譜を携え、黒々と立ち並ぶ電信柱の頭上に、
そらは、
(あまりにあかるくすきとおって、あめさえひかってみえるから )
わたしの目は産声をあげ
わたしの口は死んでいく
ペダルが回っていつもの顔が
木洩れ日のまだらを
走り去るまで




自由詩 影をひく、日向にぬかる Copyright 吉兆夢 2018-09-17 20:00:47
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