残念な結果でも
こたきひろし

彼女は勿論彼の所有物にはなり得ない。
なり得ないのに、男は女の体の奥深く入り込みさえすれば
自分のものだと勝手に決め込む傾向が強い。
そうなると土足で相手の心に踏み込むことも躊躇わない。

親しくなるにつれて一緒に重ねた食事はお互いわがままになり気を使わなくなる。
不思議と会話も途切れ勝ちになるものだ。
そんな時に彼は思いきったように言葉を声に出した。
「前々から気になってたんだけど箸の持ち方使い方変だよ」
気になるってことは、気に入らないってことに他ならないだろう。
しかし、言われて彼女はキョトンとした。
彼女の生い立ちや育った環境の中から、箸の正しい持ち方も使い方も抜け落ちていたからだ。
「お父さんかお母さんから教わらなかったの?」
いきなりの質問は彼女の根幹を揺るがすには充分だった。
デートの前は体を綺麗に洗い、化粧に時間をかけ着るものに多いに悩んでも、装えないものがあったのだ。
彼女は心に冷たいものを感じない訳にはいかなかった。
両親の躾を咎められたのだ。
両親もまた躾られて来なかった証明でもあるのだけれど。

それから彼の教えてくれた正しい箸の持ち方使い方を
彼女は身に付けようと必死な努力を重ねたが、口が裂けても両親に問いかけたりはしなかった。
けれど若い男女の間にうまれた綻びはやがて破局をよんだ。

恋人と別れたと言う日に初めて父親は事実を知った。母親もまた。

そして娘の箸の持ち方使い方が正しくなっていたなんて何も気づかない父親は間抜けな父親は
かくゆう私に他ならなかった。


自由詩 残念な結果でも Copyright こたきひろし 2018-08-22 00:30:11
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