からっぽの世界に小石を投げ込む音を椅子に腰を下ろして聞いている夜中
ホロウ・シカエルボク


擬音的な焦燥が砂のように散乱したフローリングの暗い色のグラデーションを誰かの
ダイイング・メッセージのように読みながら疲弊し続けた今夜の遺言を日付が変わる前に
脱ぎ捨てた衣類には今日という名の皮脂がびっしりとこびりついているから
洗濯機のドラムは終始憂鬱な表情でそいつを抱きしめている、そりゃまあ
汚れだけは確かにきちんと落とすことは出来るけどさ、そんなことを
聞こえないくらいの小さな声で何度か呟きながら…そう、本質なんて変わることはないんだ
そういう意味では脱衣所の床は毎日毎晩俺の死体ばかりが転がり続けているのだ
なにかしら書き残すことがあるだろうという夜には悪あがきのようにキーボードを叩く
在庫整理セールのように熱を振りかざしながら夏はそろそろ帰り支度を始めている
汗と汗に紛れて季節の隙とでも呼べそうななにかが流れ落ちていく
買い物に出かけて長いあいだ雨に打たれながら歩いていたのは朝のこと
それは日常とも非日常とも言えた、でもどちらかに決めなくちゃいけない理由も無かった
フォーク・ソングとヘヴィー・メタルとポップスをとっかえひっかえして
なにをする気にもならなかった日中を塗り潰して過ごした
うたた寝の合間に素敵な夢を見たことがない、妙にもの言いたげな、そんな場面が
ヌーヴェル・ヴァーグみたいな勿体ぶった調子でダラダラと繰り返されるだけだ
腰の骨が少し左にねじれた愛想のない野良犬は今日もマーケットの軒先で
「俺にはこれぐらいの恩恵にあずかるだけの理由がある」そんな顔をして乾燥餌を貪っていた
あいつはたまに三日ぐらい完全に姿をくらます癖がある、もしかしたら
そんなふうに生きていくことをなんとかして納得しようとする時間が必要なのかもしれないな
毎日汗を流して暮らしていると時々カラカラに乾いてしまいたくなる時がある、そう
あの犬ッコロが恵んでもらってる餌みたいにカラカラにさ―人生という陶器の器で
いけ好かない音を立てる粒になりたいと思う瞬間が不意に訪れるんだ、だけど
それは夢というにはあまりに遠く、憧れというにはあまりに下らなく、そして
願望というにはとりとめもなさ過ぎた、いちばん落書きに精を出す子供の描くヴィジョンのようになにかもわからないような曖昧な線の連続だ
どうしてなんだろう、そんな絵をずっと眺め続けているみたいなこんな気分は?
濡れることも乾くことも、子供のころからすればずっと慣れているのに
何度繰り返しても必ず、理由のわからない感覚というものが確かに存在する
線が曖昧過ぎて輪郭が釈然としないんだ、と俺は、ある種のイメージにとらわれたまま
それが結論かどうかもわからないまま牛乳に浸したグラノーラを少しずつ齧る、そうだ
まだガキの頃にいつも、硬いものを齧るときに、齧られている自分を想像してたっけなあ
あれは、予感だったのか、あれは、予知だったのか、あれは、あらゆる結論だったのか
いずれにしても俺はそれをやはり解答としては理解していない
明日は目覚める時間が決まっているから、スマートフォンのアラームにささやかな運命を
幾つかの数字を入力して眠る支度をすることにしよう
ノイズ・ミュージックを静寂だと感じるようになったのはいつごろからだっただろう?
古い友達とのなれそめを思い出そうとするみたいに少しの間そんなことを考えていた
答えを出す必要などないのだということに気づいてから疑問符はさらに増えた
いつかすべてを思い出そうと目論んでいる記憶の断片を壁に貼り付けるように
浮かんでは消えて行く程度の連中がウスバカゲロウみたいにはらはらと漂っている
もう少ししたらきっとあらゆることが粥のように溶けて、混ざり合ってぼんやりとする
そうして俺は短い眠りにつくだろう、翌朝目覚めたときには
今日こんなふうに思い巡らせた単語のすべてはただ羅列された記号のように見えて
そのほとんどのことは意味さえも失くしているだろう



自由詩 からっぽの世界に小石を投げ込む音を椅子に腰を下ろして聞いている夜中 Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-08-13 00:27:05
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