平等でない
寒雪

ある朝目覚めると、今まで見た事のない部屋に自分がいることに気が付いた。
部屋は幅10メートル高さ3メートルほどの白色の壁が取り囲む形をしていて、中は僕以外誰もいない、がらんどうだった、
どうしてここにいるのだろう、と思って考えていると突然上から腕を縛られた、見ず知らずの40代くらいの男が降ってきた。
それと同時に聴こえてくる,低くくぐもった男の声。
男は言った。
「今から2択を選ぶのだ。ボタンを押せばこの男は開いた穴にい落ちて串刺しになるだろう。
そうすればお前は助かる。
嫌ならボタンを押さなければよい。
その時はお前が落ちて串刺しになるのだ」。
突拍子もない話だ。
だいたいボタンなどどこにあるのか、と思った瞬間に目の前に丸いテーブルに乗せられた赤い押しボタンが一つマジックみたいに現れた。
「決めるがよい」。
有無を言わせないムードを漂わせる男の声。
縛られた男の方を見ると、涙目で首を振り、命乞いをする姿が見える。
その姿を一瞥しながら、僕は何事もなかったようにボタンを無造作に押した。
音もなく開いた穴に吸い込まれていく男。
数秒後に響く絞り出したような男のうめき声。
急に鼻孔に生臭い血の匂いがへばりつく。
ああ、死んだのだな。
なぜか冷静にそう考えていると、目の前の壁にドア状の入り口が浮かび上がる。
「先に進むがよい」。
相変わらず高圧的な男の声に逆らえず、僕はドアを開けて部屋を出る。
すると今度は半径10メートルほどの円型をしたドームを模した部屋に立っていた。
先程の部屋と同じように白く塗装された壁面の中には誰もいない。
またなにかが現れるのだろうか、と思った瞬間、目の前にアクリルのような透明な外壁で密閉された容器に同じように腕を縛られた20代の女性が閉じ込めれていた。
やはりその後に続くのはあの、聞いていて鬱陶しくなる、あの低い男の声だ。
「今から2択を選ぶのだ。ボタンを押せばこの女の入った容器は水に満たされていって、やがて窒息してしまうだろう。
そうすればお前は助かる。
嫌ならボタンを押さなければよい。
押さなければお前が代わりに容器に閉じ込められて、窒息して果てるのだ」。
突拍子もない話だ。
だが先程の時とは違って、目の前で殺人ショーを見せられた後ではリアリティが全く違った。
これは本気なんだな。
狂ってる、とは思いながらも今度は恐怖に震えて懇願する女性を見向きもせず、速攻でボタンを押した。
刹那、アッという間に容器は水で満たされて、女性は苦悶の表情を浮かべている。
見るに堪えない。
僕は容器に背を向けて、ただ絞首刑に処せられた死刑囚の死をひたすら待ちわびる看守のように、事が終わるのを待ち続けた。
どれくらいの時間が経過したか、体感では1時間も経過しただろうか。
実際は大した時間ではなかっただろう。
ようやく待ちわびた男の声が聞こえた。
「先に進むがよい」。
またまたドームの壁面に現れたドアを潜り僕は先に進んだ。
すると今度はどこかは分からないけど、かなり大きなビルの屋上が眼前に広がっていた。
今度は誰かを突き落とすのだろうか。
漠然としたイメージが頭を過る。
くだらない、と頭を振る僕にまたあの男の声が響く。
「最後の2択だ。これから現れる生き物をビルの屋上から突き落とせば、生き物は落下して地面に叩きつけられて死ぬだろう、
そうすればお前は助かる。
嫌なら落とさなければよい。
しなければお前が代わりに落下して砕け散るのだ」。
声と同時に屋上の縁に手足を縛られた、僕の大切な猫が横たえられていた。
愛猫は苦しそうにもがきながら、拘束を解こうと必死になっている。
聴こえてくる鳴き声が、いつも聞いているあの声。
急激に自分に襲い掛かる日常。
今までの結果通り突き落とせば確実に猫は死ぬだろう。
そうすれば自分の命は助かり、晴れてこのキチガイじみたゲームから解放されるのだろう。
なんだかおかしくなって僕は急に高笑いを始めた。
止めようにも止まらないから、笑い声を挙げたまま僕は猫に近づくと、そのまま猫を屋上から突き落とす。
……代わりに屋上から勢いよく飛び降りた。
落下していく中、僕は思った、これでいいのだと。
ゲームの結末は僕の死で終わるが、それがどうしたというのだろう。
そういうことなのだ。
……ここで僕の意識はいなくなった。
聴こえない僕の血まみれの死体に、低い声の男が何か言ったようだが、もうその言葉は僕にとって意味のないものでしかなかったのだった、



自由詩 平等でない Copyright 寒雪 2018-08-04 23:09:03
notebook Home 戻る  過去 未来