夜の忘備録
ただのみきや

夜にはあれほど潤んだ月が
今はただ白く粉っぽい
褪せた青いテーブルクロスに置かれたままの紙切れ
書かれていない恨み言

呼吸を忘れた小鳥たち
見交わす一瞬の生と死を包み込む愛が
朝に急かされ飛び去った
車や家電が唸りを上げて歩き回る頃に

量生された人形に時代の気色
夜店の射的のコルク弾
頭の比重が大きすぎて
倒れたら起き上れずに自尊心をばたつかせ
灯した愛憎が一晩中影を揺らしていた
アンティークになれない人形が
ゴミに出されて濡れている

雨の散弾 
爆ぜる音
目蓋は鍾乳洞
かすかな
光の喘ぎを
水の踊り子はこぼれ落ちる裸体に切れ切れに纏う

ものごとの境に 時の歯車

夜が落としていった
大きなクワガタムシ
濡れたアスファルトから拾い上げ
人を刺す指を挟める
ギリギリと黒い大顎が食い込んで
滲んだ血を 雨が薄めた
意識は濃い墨汁で
ひと筆で描いたオベリスクを空に向かって振りかざすが
次の瞬間 水に戻り
したたか打ち据えられながら
流れにただ流される
あらゆる選択肢の果てにある
たった一つの暗渠へ
夜には見えなくても
朝にはよく見える
年老いた娼婦の裸
朝にはモラルが生き生きと
殺戮を始めていた



 
               《夜の忘備録:2018年6月27日》









自由詩 夜の忘備録 Copyright ただのみきや 2018-06-27 20:00:06縦
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