丸鏡の向こうのわが家
田中修子

うつくしい家にかえる
秋の赤みをおびた夕暮れ色のレンガをふむ
玄関にはアール・ヌーヴォ風の
金色のふちの大きな丸鏡にむかえられる

この丸鏡の前に花瓶をおき
庭に咲いた花を飾る
と鏡の向こうの玄関にも花が咲く

(いまの季節なら手まり咲きの
まだ緑色のところがうっすら奥にのこっている
この株の大きくなりすぎた青い紫陽花
おとなりにはみ出してしまいそうな枝のを)

母と父 祖母 妹と兄
すべてのあこがれがこめられたこの家の
胸に閉ざした
秘密

夫が
母からわたしへはしりがきのように宛てた手紙を
家族のアルバムのなかからみつけたが戻してしまった という
わたしのうまれてよかった証しをさがしに
血眼になって
十年間燃やしてしまいたかったアルバムのすきまを
さぐれば見つからない
もしかしたら夢だったのかもしれない
と謝られる

この家はわたしの家ではない
あのころ見捨てられたわたしはいまもどこかで
やさしいほんとうの家族に見守られながら
眠りこけているだろう

夕暮れ色の煉瓦の階段から続くバルコニー
淡いきみどりののハナミズキの葉影に
おだやかに泳ぐ甕のめだかたち
白いドアをひらき
金色のアール・ヌーヴォ調の鏡

ただいま


自由詩 丸鏡の向こうのわが家 Copyright 田中修子 2018-06-14 00:47:42縦
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