脱ぎ捨てて
若原光彦

わたしの手は
ぱたぱたと飛んでいきたかろう
耳もまた
できるなら連れだちたかろう
あるいは別々の方向へ行きたかろう

肺も海へ行きたかろう
ひがなぷかぷか浮いてみたかろう
臓物どもは川がよいかもしらん
池の水ではあきたらんだろう

ほほや眼のことはわからぬ
やつらは大概むすっとしている
だが顔の総意としては
ぼとりと落ちてしまいたいだろう
こんな主人のもとでやっていけるかと
わたしを懲らしめる暇がほしかろう

みんな
行っといで
こんなことを言ってはいかんだろうかな
すまんがな
行ってらっしゃいな
しばらく
しばらくといわず気が済むまで
気が済むどころかせいせいするまで
あやまちおかしに行っといで
わたしのことはいいからさ

お前に慰めてもらうつもりはない
二度と戻るかよ馬鹿
と怒鳴ってまずちんぽこが出ていった
それから荷が降りるたぁこのことですな
とご挨拶して肩がころころ遠のいていった
毛がばっと四方の物陰へ失せ
歯は爪を引き連れて風に舞った
唇は背骨の胴上げにさらわれていった
神経はなぜかわざわざ他を押しのけた
みんなみんな離れていった
心臓と脳だけがぷるぷると残った

おまえらも行っていいんだよ
とわたしは言った
やさしく発したつもりだった

どこへ
と片方が吐いた
なぜ
ともう片方がそえた

わたしは
ここで待ってなきゃならんからね
おまえらしたいこと何もないとしても
じゃあおつかいを頼めるかな
わたしのかわりに
ちょっと震えてきてもらえんかな

片方が承知しましたと答え
だが不服なのだとわたしにはわかった
もう片方がすぐ戻りますと述べ
そうはならないだろうとわたしにはわかった
わたしはさあさ行ってらっしゃいと笑い
そんなこと笑ってやしなかった

しばらくして
けさ出たくしゃみと名乗るのがやってきて
退屈やらあ居とろうげえと告げた
それからうんこだの汗だの大勢やってきて
大好きでしたとかどうとかほざいて
わたしを取り囲みぼこぼこになじった
咳だけが加わらず遠巻きにうっとりしていた
なるほどこれは退屈しないな
とわたしは思った
わたしはそうは思わなかった

わたしは
わたしから静かに離れた
わたしによくない気がして
あるいは
どこへ行こうかと考えて
いなかった
いようもなかった
ただひとつだけ
あった

そうだ
わたしだけの墓に
めぐりあいにゆこう

もしあえたなら
わたしはその墓の墓になろう


自由詩 脱ぎ捨てて Copyright 若原光彦 2018-05-28 01:17:22縦
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