滲む記憶
田中修子

ねぇ、おとうさん

なんで 戦争反対をするの / 次世代のこどもたちが徴兵されるからだ / なんで そんなふうに思うの / 新聞を、読んだからだ、たくさんの人にあって活動していたからだ / なんで 活動することになったの / おかあさんを好きになったからだよ / なんで おかあさんをすきになったの すごく輝いていたからだ / なんで 輝いているおかあさんをすきになったの / 主婦のおふくろより社会貢献していたからだ / なんで おとうさんのおかあさんを否定するの / おふくろとおやじは戦争反対をしなかったからだ / なんで そのことが気にかかるの / 学校の先生に教わったんだ日本がそんなにひどいことをしたと、夢にも思わなかった おふくろとおやじに言ったよ なぜ反対しなかったのかと そうしたら 「な、〇〇ちゃん、戦前は気づかなく、戦中はそんなこと思えなかったと」 ぼくは恥じた / (わたしが父になぜわたしが苦しかったのを気づけなかった と 問い詰めたとき 父は 「な、修子ちゃん、ぼくが働かず貧乏なほうがよかったか!」、と一喝するよに言ったのを わたしの耳はおぼえている そう 父の父 が「な、〇〇ちゃん」と父に一喝したことは わたしの血に記録されている そしてわたしは反論できなかったし 父もきっと) / なんで 戦中でも お金に不自由させず しっかり育ててくれたという おとうさんのおとうさんとおかあさんを そんなふうに恥に思うの? 

おとうさんは 黙る そうしてあかるく
つぎの奥さん候補のことを語りだす

(否認の感情が とても つよい)

しっかり育ててくれたと父は 思い込もうとしている けれど父は それ以上記憶を戻れない 

否認をした

壊れてしまうから

いちどもおかあさんにもおとうさんにも叱られたことがなかった お手伝いさんや親せきや父の姉が 彼の面倒をみたが
かんしゃくを起こしては道でひっくりかえって泣くような子どもで 心配はされていて
父の父は 彼に成功へのレールを引いた なんなら奥さんまで 用意されていた

わたしが分析家なら 白い部屋でかれを長椅子に置き リラックスさせて 目をかろくつむらせて 容赦のなく なぜそんなふうに思われますか と耳になめらかな声で続ける

お父さんは今日もわたしにお寿司を御馳走してくれながらコスタリカのことを語り
わたしは舌になめらかなアイスクリームをすくって舐めてのどに滑り落とす

あさって、わたしはカウンセラーにつぶやく

「わたしは だれにも 愛されていませんでした 愛ということを知らない人々の塊のような子です わたしは」

じぶんのこころをじぶんで なんで なんで なんで 切り刻み切り刻み

分析しても 分析しても 涙が出るだけ 滲む涙で 詩を書こう

わたしは おとうさんを 壊してしまいたい 愛してほしいから おとうさんの母像を父像をコテンパンに破壊して ゼロからつくりあげて……

でも壊れてしまうのね

わたしは 愛している

愛しているということに ようやくすこし 手がとどきそうよ

愛しているということは
お母さんはお父さんと性行為をしてわたしを
産んだけれど わたしは 本質的には
愛されていなかったということを受け入れるということ

なんで 愛されていなかったの それは 父の母がね 父の父がね 母の母がね 母の父がね……

(すべての記憶は折りたたまれながら
地層の脳にある
宇宙の、神の、人類の、生誕
アカシックレコードと呼ばれるものは
ひとりの脳にあるでしょう
しかし たいていは
人として壊れてしまうから
思い出さないふりをしようか)

それはわたしの
わたしに連なる生の
すべての否定
愛は
死だ


自由詩 滲む記憶 Copyright 田中修子 2018-05-08 02:59:54縦
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