春と酒乱
ただのみきや

風の戸棚から匂って来る
木の葉一枚一枚の時間のずれと
牢獄から嘆願する女たちが
脳の一部を炙っている


飛行機は他人
張り伸ばした皮を擦るように
蒼い空ろを響かせた
わたしたちはあるがまま
フキノトウのように やっとのことで息を吐いた
見えない駄犬に舐め回され腐りに腐りながら
反射する石が足元に見つからない者は
みんな夢の中毒者になった
自分以外の何かに変貌する日を待ち続けて
致命傷になるような時計の落下を願っていた
自らの心の針のむしろで
苦行者サドゥーのように寝そべりながら


新種の蝶を発見して名前を付ける
「秘められた言葉の羽ばたき」
標本箱にピンで止められた蝶の影


その日
音楽の幽霊は乾いたアスファルトの上
日差しの中の白っぽい闇に立っていた
かつて地下のカフェで稲妻だった
そう室内で飼える蛇くらいの
フルートとベースとパーカッションが
素早く絡み合い絡んでは解け
時間を狩蜂みたいに麻痺させた
音楽は一人の女の踊り
パーカッションのステップ
うねる肢体のベースライン
フルートはその激しい歌声で
歌声自体をかき消した
眼差しの閃光 髪を振り乱し


すべては春の悪ふざけだ
わたしはあのころより物事をよく知っているが
もう今では感覚は感覚の記憶でしかない


四月が一通の手紙なら
それが火にくべられ燃え尽きる間際の
淡い光に包まれた闇の中に見え隠れする
地下水のような女の顔は何を告げているのだろう
プランターに寄せ植えにされた花たちの色彩
乾く暇もなく視線は滲み洗い流すことも儘ならず
混じり合い重ねられ完成することのない季節


物事が囁きかける隙間から
そっと差し出される手
美しい身体から逃げ出した小さな獣のように
思考の影に巧に絡みついた
愛を錯覚させる 乱暴に純粋に
壊すために作られる愛の模型
腹から胸そして顔の裏側へ浸み上る水
水の微かな照り返しが
絶えず冷たい雫を纏っている
ブリキのような笑いにすら


五月の連休は石灰化した自分を愛し
地下へと下って往こう
だが扉を開けばいつでも今が在って
セメントの海で溺れる人魚を救おうともがくのが関の山だ
そうしてこれらの戦いの中で
ふと虚ろな額縁であること
いつまでも終わりのない鳥の羽ばたく気配と
からだの芯の一本道を見えざる力で引き抜かれ
内なる奈落へと墜ちていった叫びのこだまが
埋葬されている切り立った墓石の手触りと
喪失と空白だらけの地図を拡大鏡で眉間に引き寄せながら
刹那 遠く逃がした鳥の影に
地上ではさらし首のように恨み言の一つも言いたげな
過去の鏡へ引っ越したばかりの願望が
オルガン伴奏に運ばれて往く着飾った幼子たちと共に
浄化の過程を装っている ――突然
すべての嘘が燃え上る
葬儀の白花の海へ投げ込まれた
深紅のバラのように
香りすら手繰り寄せて




                《春と酒乱:2018年4月21日》










自由詩 春と酒乱 Copyright ただのみきや 2018-04-21 22:20:56
notebook Home 戻る