ウサギ狩り
山人

朝、息は白く冷たい
夜雪が降り、ウサギの足跡はついた筈だ
心の中の鉛は骨に入り込んでいる
だが、浮き足立つ朝の輝きは止めることができない
ウサギ狩りだ

猟場に着いた
車の中から銃を下ろす
頼むぞ銃よ
アンバランスな姿勢でカンジキを付け雪に踏み入る
キラキラと雪がダストのように舞う
まぶしい光線に心が躍る
今日はウサギ狩りだ
はらわたを出すための皮剥ぎのナイフは持ったし
ウサギを入れるビニール袋も二枚持った
自分で握った無骨な握り飯も三つ用意してきた
あとは獲物があれば良いだけだ
厭なことはとりあえず何処かに置いていこう
冬枯れの木々には綿のような雪が付いている
僅かな風でそれがふわりと落下する

息が荒くなり汗がにじむ
雪の斜面にウサギの足跡がある
ウサギは夜行性だから今頃は何処かの木の袂に潜んでいる筈だ
時々足を停め意味もなく周りを見る
猟中に無意識に周りを観察する癖だ
ウサギの足跡が途切れている
(カムフラージュ痕)
きっとあの辺にいるのだ
銃に装弾を込め少しづつ近づく
ウサギがいつ出るのか、どう出るのか
張り詰めた空気を手繰り寄せる
ウサギはダッシュする
呼吸を止め照星を合わせる
銃を振る、本能で冷ややかに引く、雪山に銃声が響く
走りながらパタリと落ちる、動かなくなる
ウサギは血を吹き出させ、断末魔に向かい足や手を痙攣させている
近づくと目を見開き、事切れたウサギが雪面に横たわっている
溜息を一つ雪の上に落とす
腹の毛を少し毟る、ナイフを付き立て腹の皮を裂く
温かい臓物が顔を出す
胃袋をしっかりと掌で掴み、腸もろとも雪の上に放り投げる
横隔膜を指で破り、肺に溜まった血を雪の上に撒く
黒く固まりかけた血が雪の上に散らばる
ウサギの腹を雪の上に腹ばいにさせ、しばらく休む
ウサギの命は奪われ、俺は救われた
継続していた緊張感は元に戻り、静かなだけの風景が再び訪れる
ゲームはリセットされたのだ

サクッサクッと雪山をカンジキで歩く
殺されたウサギの死骸の暖かさを背中に感じる
そう自分は罪人
いつまで何処まで歩いた所で罪は消えない
このまま、この白い無垢な雪山と同化出来たならどんなに良いか
不意に魂がふわりとした直後、ウサギはダッシュする
ポンポーンと連発で長閑な銃声を響かせる
やはり長閑だったのだ
ウサギはいとも簡単に逃げて行き、かすりもしない
ウサギは生き延びた
その後もウサギを追っていく
でも心の中で、もうウサギは獲ることは出来ないとの結論を出している
体はだるいし足は重い
雪は腐ってきて重量を増やしたからだ
むなしい猟だった
獲物はあったが冴えない日だった
背中のウサギは硬くなって冷たい
太陽も白い雪山を照らし続け
いささか疲れたように西日を照らしている
ウサギはもういない
頼むからいないで欲しい
重い足取りを引きずる事をもっと楽しみたい


背中のウサギには悪い事をした
もうどんな宗教でも生き返らせることは出来ない
まだ温かみが残るウサギは吊るされて裸んぼうに剥かれた
ズットンガランと鉈で背中や腿をぶち切り鍋に放り込まれる
死んでウサギ鍋になってしまったウサギを齧る
まるで自分を食っているようだ
逃げ場のないウサギを獲って食っている
雪山に自らの逃げ場を失った感情を放り出し
それをただ集めてまた体に戻している





自由詩 ウサギ狩り Copyright 山人 2018-03-12 04:32:16
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