記憶喪失
こたきひろし

街路樹の枯葉の上に倒れていた彼は
気がつくとすっかり記憶を喪っていた

その時間は午前零時
深夜の街に人通りは絶えていた
痩せた犬が何処からともなく現れて彼の耳を舐めたから目を覚ましたのだ
犬は首輪がなく
腹を減らした眼をしていていた

明らかに野良犬だが
「お前は食い物にならない 何でもいいから食い物を探してもってこい」
たしかに人間の言葉で彼に命令してきた
彼は犬の命令を素直に聞くわけにはいかなかった
そのかわりに答えた
「犬の分際で人間に命令するな 第一俺は自分がどこの誰で何でここにいるのか解らなくなってしまった」
言葉を続けた

すると犬が言った
「何だお前も記憶喪失か」
「お前もって?」
彼が聞き返すと犬は言った
「実は俺もだ」
「えっ?犬も記憶を喪うのか」
彼は驚嘆した
「喪うさ だからこうやってさまよってるんだ」

「そんな事はどうだっていい」
犬は語気を強めた「お前は人間だ いくら記憶をなくしても食い物ぐらい調達出来るだろう」と
言ってから
「俺が牙を剥いたらお前ぐらい噛み殺せるんだぞ」
脅してきた

冷たい風と暗闇の中で人間と犬の争いがしばらく続いた
人の悲鳴があがり辺りが静寂に閉ざされるまでは



自由詩 記憶喪失 Copyright こたきひろし 2018-03-07 08:32:38
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