病とう
一輪車

この病とうは
いつも
甘いインクの匂いがする

はめ殺しの窓にはクラシックが流れ
患者たちは
注意深く
空気の重さをはかっている

ときおり
天秤棒が傾く
すると
かれらの吐息が
ひそやかな跫音となって廊下に響き
各病室の
窓や
天井や
ベッドの手すりをゆする

aは唖者のふりをして横たわり
聞き耳をたてている
患者たちは目で会話しながら
聾者のふりをしている

病とうにヤカンが持ち込まれると
ヤカンの品評会が開かれる
aはかれらに背を向けて
仮病がさとられないよう毛布をかぶっている
かれらがみているのはヤカンではなく
トンカチだとアドバイスしたいのだが
それを口に出すと
aもかれらも壊れてしまうだろう

入院患者の情報源はテレビだ
空気の比重が安定しているときは
いつもテレビを見ている
津波が病とうを襲ったときもテレビをみていて
ベッドが流されても
じぶんたちが流されているテレビをみていた

この病とうには 死がない

死体のない地下霊安室には
新型の輪転機が置かれ
終日
し烈な速さで回転している

かれらがあまりに朗かなので
ひょっとすると
病んでいるのはじぶんだけかも知れないと
最近aは思いはじめている

甘いインクの匂いは
ますます
強くなっている



自由詩 病とう Copyright 一輪車 2018-02-27 10:20:02
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