茶柱
宮内緑

娘はまだちいさい
ちかごろ茶柱というものをしって
家族のため、お茶をよく淹れるようになった
茶柱はなかなか立たない
というより、一度もみたことがない

ときには夢中になって
湯呑みと急須で湯をいったりきたりさせる
それで父が席に着くころには
すっかり猫舌のためのお茶に仕上がっている

今日は傍でそんな娘の手ほどきを見ている
父はそのうち我慢ならなくなって
急須からなにかを摘みあげ
こうしちゃえと湯呑みに落とす
ああ、と娘は声をあげる

沈んでいく茶殻を見守りながら
やっぱりずるしたから駄目なんだと
娘は父を責める
といいつつ、娘も我慢ならなくなって
父の真似をはじめる
あつい、と指をふうふうしながら

そのうちようやく一本の茶柱が立って
ふたりしてはしゃいでいる
お勝手にいた母もひき寄せられて
茶殻だらけの湯呑みを見下ろす
みてみてお母さん、茶柱が立ったのと
娘は手を頭のうえであわせ
独楽のようにくるくる回って
母のふところへ飛び込む――
玄関の方では音がした
息子も帰ってきたのだろう――

目をあけると薄暗い天井があった
咳き込むのに疲れて眠っていたらしい
喉は幾分やわらいでいた
ぼんやりとながめる息苦しい部屋
ころがっている急須
娘の名前はなんだったろうかとおもう
母の名前も 息子の名前も
思い出せるはずもなかった
名づけたことがないのだから
さようなら、私の家族、と音がする
でもいつかこの世界で会えたらと
いつもどこかで願ってしまう


自由詩 茶柱 Copyright 宮内緑 2018-02-03 03:21:33
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