光の海
若原光彦

「だいぶ明るくなってきたね。
 やっと車幅灯が消せるな」と私が言う。
あなたは「消さないほうがいい。
 朝夕の時間帯がいちばん事故が多いから」と言う。
「なら消さずにおこう」と私は言う。

だからってわけじゃないが
「すこしどっかで止まって休みたいな」と私は言った。
あなたはなんの思い入れもないみたいに「さんせい」と言った。
さんせいみたいに聞こえた。

車から降りて
私が背骨をひねっていると、
あなたがふいに
「星が見える?」と言った。

「もうこんなに明るいんだから星は無いよ」
「ちゃんと探した?」
「いや」
「あれなんだけど」

とあなたがさした東の方角に、
明星が
たしかに残っていた。

「よく気づいたねえ」
「慣れてるから。この時間帯に。
 みんなちょっと明るくなったり、雲があったりするだけで、
 もう星なんてないと思っちゃうんだろうけど。
 知ってるからね。知ってれば見えるよ」
と言ってあなたは、
満足そうに口角を上げた。
あなたが得意げなので、私はひそかにうれしい。

「なるほどね」と感心を口にして
私が目線を空に戻すと、
そこに星はもうなかった。

「手品みたいだな」と私が言うと、
あなたは「見えなくなったの?」と言った。
私はおどろいてたずねた。
「あなたには、まだ見えてるの?」
「見えてる。ひとの目はひとによって違うからね」
「なんだか、損だな」
「損得じゃないでしょう。
 わたしだってもう1分ないぐらいで見えなくなると思うよ。
 いまにも朝日が昇りそうだし」

無言でふたり、
東に向かってぼうっと立って、
空をながめて、

そのうちあなたが「うん、見えなくなった」と言った。

「そう。行こうか。
 それとも日の出も見てく?」と私がきくと、
あなたは「どっちでもいい」
とほんとうにどっちでもよさそうに言って消えた。


自由詩 光の海 Copyright 若原光彦 2017-11-13 19:05:41縦
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