花柄
カワグチタケシ

花柄のキャミソールの下の 
薄い胸の底で
彼女は
どんな痛みも光に変える
その声はまるで
強い雨の中を上昇していく一羽の水鳥
国際空港に次々着陸する旅客機が
サーチライトの光を放ち
暴力的に大気を振動させる

伝えることが難しい感情を伝えるために
僕たちはいくつかの夜を眠らず過ごした
大量に消費し尽くされた僕らの言葉は
結局ひとつの別離へと収斂される
いくつかの重要なエレメントを自ら手放して
この先なぜ生きていかなくてはならないのか

最寄駅から自宅までの道のりは雨
電球のあかりと日常の匂いの待つ扉を開けて
彼女は雨を逃れる

それはかつての僕の姿
そしていまも僕はそこに立ち返る
郵便箱を開けて
役に立たない文字を数える

いずれひとつの細胞が滅びて
別の疲れた細胞に取って代わるように
僕たちは繰り返し雨が上がるのを待つ

はたして再会は叶うのか
郵便は今日もある確かさをもって配達され
いくつかは読まれずに捨てられ
いくつかは読まれたのちに捨てられ
捨てられなかった残りのいくつかが
深く記憶に刻まれる

花柄のプリントの下の純白のキャミソール
人は人を抱く
人は人をその服ごと抱く

「直接」とはなんだろう
夕刊ほどの重さもない

かつて空路によって縮められた距離を
いまの僕は縮めるすべを持たない
待つことは自在に壁を作り
壁の内側で空を見上げる人は
頭上に大きな弧を描く海鳥を見つける

九月、たくさんの雨が降り
十月、雲はふたたび雨をたくわえる
涙の味のしない雨になるまで
彼方より暦を数えて
再会の日を待つ

橋の手前にはひとつの国
橋を渡れば別の国
かつて森を満たした水が両国を分断する
それは歴史ではなく
ひとりの人間の感情の外側で行われる
実体を伴って
分断されたふたつの国は
互いに求め合うことなく
ただ人間だけがそのあいだを行き来する
橋の上には露店が並び
商人たちは輝かしい比喩を売る

会いたい人がいることが
会いたい人に会えないことが
こんなにも痛みになることを
忘れていました

そして繰り返される甘い過ちの数々
橋の上の露店では光る鉱石たちが商われる
壊れやすく美しい鉱石たちを僕らは
繰り返しつなぎあわせては
口を閉ざして
その時を待つ


 


自由詩 花柄 Copyright カワグチタケシ 2017-09-21 23:25:24
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