「独り」という概念
あおい満月

誰かの声が聴こえた気がして私は耳を澄ます
部屋のなかにも外にも誰もいない。けれど私
は誰かの気配を感じる。鏡に映る私が私では
ないように感じる。そっと手を伸ばせば届く
ような感覚に支配されて私は鏡の向こうに手
を伸ばす。すると、手は鏡をすり抜けた。私
は私に触れた。私の肌は皺だらけだった。そ
こには老婆がいた。やせ細った老婆の私が。
老婆の私は触れるほどに砂になった。鏡の向
こうは砂漠になった。鏡の向こうの砂漠には
いくつもの骸が転がっていた。骸は語りかけ
る。遠く潜在意識の彼方には生きていた頃の
死があるのだと。一秒は過去になる。過去は
死の骨となる。食べるという行為も、死を頂
いているから、私たちは過去に生かされてい
るのだと。喰らった死が血となり肉となる。
私から流れ出る血は、過去の誰かのものなの
だ。だからいつも私は、誰かの気配を感じて
いる。私は誰かのなしえなかった現在を生き
ている。

最近、創作に全く力が入らない。これはどういう意味なのだろうか。私は詩への依存は止めたが、この倦怠期は、ともすると何かの暗示なのではないのだろうか。新たな物語の胎動や、新たな世界観の方向性か。私はこの倦怠期をけしてマイナス方向へは捉えない。何かが生まれてくる前触れというのは、いつも静かなものだと私は思う。霧が立ちこめる湖のような、そんな世界に一人いる気がする。創作とは、本来そんな孤独のなかからはじまるのだ。「独り」という概念を、私は大切にしたい。そして、それでも「書いていく」という心を私は今一度、強く強く握りしめる。


散文(批評随筆小説等) 「独り」という概念 Copyright あおい満月 2017-09-16 05:10:25
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