したたれ
佐々宝砂

生ぬるい湯が入ったゴムの風船、
それがわたしだ。
熱々だったことなんかないし、
凍りついたこともない。

手の届くところに何もかもがある。
肩こりの塗り薬(インドメタシン入り)、
豆乳で割ったウィスキー、
メンソールの煙草、
灰色のくたびれたカーディガン、
パンツ、
スマートフォン、
茶色な帽子がひとつ、
たくさんの本、本、本、本、
ニ穴パンチ、
それからこれはなに?

千枚通しだ。

木製の持ち手部分は油で黒ずんでいるが、
金属でできた部分はぎらぎらの銀色。
この部屋に誰かきたことがあっただろうか?
わたしの意志に関係なく、
この部屋にものが増えたことがあっただろうか?
ない。
そんなことはなかった。
ではこの千枚通しは、なに?

したたれ、と声がする。

わたしはわたしの指に千枚通しを突き刺す。
てのひらに突き刺す。
太ももに突き刺す。
抗えない命令に従って。

生ぬるい湯が入ったゴムの風船、
それがわたしだと思っていた。
でも。

わたしがしたたる、
赤いしずくがいくつもいくつも、
ぺちゃんこになったゴム風船から這い出して、
はじめての外の空気を胸いっぱいに吸い込む。


自由詩 したたれ Copyright 佐々宝砂 2017-06-15 08:48:25
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