告白〇魂の穴
ひだかたけし

明日は長男の誕生日だ
生きていれば十一歳だ
たぶん生きていると思うが
確かなことは言えない

離婚した妻が家族ごと夜逃げしたのは四年半程前のことだった

離婚するに当たって当時高二だった長女は
〈パパとうちが好きなときに会えること〉
という条件を出した
私も別れた妻もその条件を快く受け入れた(少なくとも私は)
私は自転車で十五分程のワンルームマンションを借り引っ越した
娘はバイトの行き帰りに寄れるようにと
私のワンルームマンションの傍にバイト先を見つけた
行き帰りに寄って二人で夕飯を食べたり宿題をしたりするうち
彼女は週の半分は私のところで寝起きし登校するようになった
その上、彼女は絵画が好きでそれは私も同じだったから
週末は一緒に絵画展に行くこともしばしばだった
(何しろ、四歳の時にマグリットのシュールな絵を観て大笑いし
自らも三次元の夢の絵を書いてしまう才能の持ち主だった)

けれど次第に別れた妻が私と長女との関係に
文句のメールや電話をしてくるようになった
ー親権はわたしにあるのに、もはや赤の他人のあなたの所にうちの娘が居着いているのは変
これが彼女の言い分だった
ただ妻と私はもはや赤の他人でも
娘はあくまで二人の間の子供で私にとっての愛娘だった
娘自身、バパの所に自由に出入りできるって約束で離婚したんだからママの言い分変だよ、と突っぱねていた

しかし妻は弁護士を立て娘を私と会えないように画策し始めた
決定的だったのは離婚に当たって娘が望んだ条件を明文化していないことだった
娘は私の所への寝泊まりを禁止されメールや電話のやり取りも制限された

そうして最後は夜逃げだった
私と娘が隠れて連絡を取り合ったり展覧会やカラオケに行ったりしていたことが全部チェックされていたのだ

夜逃げの判明した翌日、所轄の刑事が二人やって来て、別れた御家族は法的保護下にある、と告げた
全く訳の分からない展開だった

そうして訳の分からないまま四年半程の歳月が流れた


明日は長男の誕生日だ
生きていれば十一歳だ
たぶん生きていると思うが
確かなことは言えない

確かなことは
私の魂にぽっかり空いた穴は
もはや塞がりようがないということだ
長男は私が精神障害を患ってからの子供だから余り密な関係になれなかった(もう少し可愛がってやれたらという後悔は当然あるのだが)
けれど長女は私が自宅でコンピュータの仕事をしながら、母乳以外のほとんど全部の世話をして育てた子供だ
やはり一緒に過ごした時間の密度が違う

娘と過ごした十七年間、
何の説明もなく突然根こそぎにされたあの歳月
私は本当に怨みも怒りも鎮めて独り逝くことができるだろうか?

俺という憤怒、
俺というマグマ、
俺という荒れ狂い、

理性などこの荒れ狂う熱海に浮かぶ孤島に過ぎない。


散文(批評随筆小説等) 告白〇魂の穴 Copyright ひだかたけし 2017-05-31 14:36:23縦
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