蟻が十
宣井龍人

【悲しい酔っ払い】
呑んで呑みまくって酔っぱらう
ひどく酔っ払って空を飛ぶ
夜を食らってゆめうつつ
寂しいこと悲しいこと
寂しく悲しいけど全てを忘れて
明日はたぶんまっさらな気持ち
無垢な朝日がまばゆいだろう

【蓄音機】
ギィーギィーと魔法のハンドルを回し
解き放たれた時間の牢獄
忘れられた箱から流れ出す歌人達
古から吸い寄せられた音符は語り
時空と戯れる郷愁を纏う

【1分前の私】
私が私では無いとしたら
ここにいる私とは何か

堪らず開けたカーテン
夜の沈黙が忍び込む

いつも残る自分の気配
肌に感じながら私は生きる

僅かな先かもしれない
決して得られない僅か

常に、常に…

【不整脈マイハート】
ドキンッ、ドキンッと
やたら大きい音がして
と思ったら
・・・暫しの沈黙
おいおい、御機嫌斜めかい?
君と一緒にうん十年
ずっと仲良くやってきたじゃない
何?もう一人になりたいって?
それは出来ない相談さ
僕もまだちょっとは生きたいよ
僕は運動が苦手だし
君を大切にしてきたはずさ
ん?その分メタボで大変?
そうかもしれないな
これからは気をつけるよ
機嫌を直しておくれ
不整脈マイハート

【同じ時を過ごし】
貴女の目に見えるものは私に見えるだろうか
私の目に見えるものは貴女に見えるだろうか

貴女の耳に聞こえる事は私に聞こえるだろうか
私の耳に聞こえる事は貴女に聞こえるだろうか

貴女の話す事は私に伝わるだろうか
私の話す事は貴女に伝わるだろうか

貴女の肌に私が触れる時に何を感じるだろうか
私の肌に貴女が触れる時に何を感じるだろうか

貴女は私のこころを撫でる事が出来るだろうか
私は貴女のこころを撫でる事が出来るだろうか

【広さと小ささ】
ある時の、そこに、しか、
いる事は出来ない

いつでも、どこでも、
いる事が出来ればよいのに

悲しみも、喜びも、もっと、
知る事が出来る

昨日も、今日も、明日も、
貴方の誕生も、死も

しかし、私は、今、そこに、
しか、いない

【旅立ち】
一点の光も無い暗闇の中
全ての舞台は整った
お前は今旅立つ

誰も見てはいない
それも良い
お前は自由に旅立てる
お前は解放されたのだ

何処へでも旅立つが良い
漆黒の闇に時空を超えて
力の限り大いに羽ばたけ

【目が覚めた人】
赤提灯の千鳥足になりながら朝もやの空気をさまよう人
不可能な深淵にはまり絶望を謳歌する人
人の心を食い尽くしあちこちに自分を増殖する人
嬉しく泣いているくせに悲しく笑っている人
眠りの楽園の出来事を忘れようもなく熱い人
目を擦ってあくびをして出勤する現実の人
落雷を受けて目を覚まし愚痴りながら千鳥足になる人

【虚空の朝】
ビロードの口笛を吹きながら
朝日の優しさに消えたおまえ
妖しくこおりついた夢の中に
魂をむさぼり続けたおまえ
ただ瞳に残ったけだるさが
おまえの影に吠えている

【風の向こうに咲いた花】
風の向こうに咲いた花
けして近づくことはない
温かく優しい香りが風に乗る
私はそんな花が好きだ
風の向こうに咲けたなら
そっと君に香りを送ろう



自由詩 蟻が十 Copyright 宣井龍人 2017-01-03 21:28:36
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