てんちゃんのこと
はるな


10年ぶりにはいったコーヒースタンドの角からひとつずれたところに座ってるてんちゃんはもう瘦せぎすじゃなくて、なんかふつうの男のひとにみえた。
足音をさせて近くまで行ってもふりむかないのはまえと同じでほっとしたけど、あんまり同じような角度で笑って「さむいね」なんていうからよく分からなくなった。
「そんなに寒くはない」
実際きょうは丸いような陽だまりに満ちていて、春みたいな日なのだ。マフラーやコートを腕にはさんで歩く人が目につく。
10年は色々な物事が変わるには十分な時間だし、でもまるっきり別ものになるには少し短い。結局わたしたちは10年まえと同じように黙りこくって、座っている。薄くて熱いだけのコーヒー。
「元気そうだね」
とりあえずわたしが話しかける、でもてんちゃんは何も言わない。
「このあいだ三上くんとかナエちゃんと飲んだよ、偶然会って、あのふたりまだ付き合ってるって」
「ふたりともげんきだった」
「こんど、忘年会するんだって」
てんちゃんは窓の外をみている。いや、もしかしたら窓そのものを。
「てんちゃんも、元気だった?」
「うん」
それでわたしはたちまちてんちゃんの時間に落ちてしまう。黒いコート、細い指、うすい耳たぶ。
会いたいのか会いたくないのかわからない、話したいのか話したくないのか、そもそも話すことがあるのかも、忘れながらつねに思っているようで、思い出したくないようで。
「よかった」
よかった、と思って、よかった、と言う。てんちゃんがうん、と言うので、うん、と思っていることがわかる。
10年はコーヒーの湯気に紛れてしまう。てんちゃんがふっとわたしをみて、「ひさしぶりだね」と言うので、10年ぶりに、「うん」と答える。


散文(批評随筆小説等) てんちゃんのこと Copyright はるな 2016-11-07 00:27:00
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