いっちゃん・悦ちゃん
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 いっちゃんは、喧嘩が強い。僕も、弱い方ではないが、いっちゃんには、敵わない。
 二年生のある日、休み時間に僕は、教室で隣の席に座る悦ちゃんと 砂場で遊んでいた。そこへいっちゃんがやってきて、僕たちが造った山を踏み壊した。 
「太一、おまえ、女なんかと遊んで、生意気だぞ」 
「べつに、いっちゃんとは、関係ないじゃん」
 ぼくは、そう言い返した。すると、いっちゃんは、いきなり僕のお腹を蹴り上げた。いっちゃんのつま先が、僕のみぞおちに、くい込んだ。ぼくは、戦意喪失。ぴーぴーと泣きだした。
 以来、悦ちゃんは、僕によそよそしい。誘っても、一緒に遊んでくれなくなった。

 それから、しばらくして、席替えがあり、僕の隣は悦ちゃんではなくなった。和子ちゃんといって、悦ちゃんのような、華やかさがない、地味な子だった。 
「ねえ、太一、カブト島に連れて行ってよ」
 カブト島は、小学校の近所にある、こんもりとした森で、カブトムシやクワガタが捕れた。
「ええ? 和子ちゃん、昆虫が好きなの?」
「そうでもないけど、なんとなく、行ってみたいの」
 放課後、和子ちゃんを伴って、カブト島へ入る。奥へ行くと、ひときわ太いクヌギの木の幹が、樹液を滲ませている。そこに、クロアゲハやカナブン、スズメバチなんかが群れている。
「よし、僕が今から、木を蹴るから、木の上の方から落ちてくるクワガタを見逃さないでね」
「うん、分かった」
 僕は、助走をつけて、木に向かって走り、そして蹴った。すると、ぽたぽたと、硬い何かが地面に落ちる音がした。
「よし、和子ちゃん、クワガタは落ちた?」
「わかんない、あたし、虫には、さわれないの」
 背中が鈍く光るノコギリクワガタを拾った僕は、驚いた、とともになんだか、腹が立ってきた。
「和子ちゃんが、カブト島へ来たいっていったんんだろ?」
「そうだけど……」
「ほら、ここにも雌のカブトが落ちてる。さわれないのに、何で来たいだなんて言ったの?」
「太一、ごめんね。実は、内緒の話があるの」
「えー、なにそれ」
「誰もいないところでしか、言いたくなかったの」 
 僕は、ビニール袋に、拾ったクワガタやカブトムシを入れる。そして、ますます機嫌が悪くなる。
「悦ちゃんのことなんだけど……」
「え? 悦ちゃんがどうかしたの?」
「先週の日曜日に、区営プールの近くで、いっちゃんの自転車の後ろに悦ちゃんが乗っているところを見たの」
「へー、そうなんだ」
 平静を装って、僕は言う。
「言いたいことは、それだけ。じゃ、あたし、帰るね」
 和子ちゃんは、そう言って、森の入り口に向かって、すたすたと歩いて行ってしまった。
 和子ちゃんが、森から出るのを確認すると、ぼくは、もう一度、助走をつけて、クヌギの太い幹を、思いっきり蹴った。


散文(批評随筆小説等) いっちゃん・悦ちゃん Copyright MOJO 2016-09-26 11:51:36
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