カルチェ・ラタン
藤原絵理子


夜のメトロ 向かい側のホームで
小さく手を振った 優しい仕草が傷つける
知らないふりで 次の列車の表示を見上げる
ポケットの中に その手のぬくもり

サン・ミシェルの酒場で アルジェリアを空想する
肌を刺す陽射しと 青く乾いた海
長い間ぶら下がったままの ペンキが剥げた看板
それはいつも必ず 映画館の看板

あの頃話していたことを 思い出せなくなった
部屋の隅 ベッドの下にでも 忘れられているのだろう
シンデレラ城のジグソーパズルの ピースがひとつ

そぼ降る雨の街角に 前脚をテーピングした猫
瞳を大きく広げて 見ているのは
濡れた石畳にひれふする 物乞いの手


自由詩 カルチェ・ラタン Copyright 藤原絵理子 2016-06-24 22:17:48
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