世界地図を見るまなこと、なにかしら○いもの
水町綜助









タラップが外れて
四基のエンジンの
高音と共に
涙する風切り羽
揚力のうまれるままに
生活の足場を
芥子粒ほどにちいさく
後ろへと
吹き飛ばしてゆく

生活よ、さようなら
旅よ、こんにちは



川を少し、遡る↑



キャビンアテンダントによる
出発前のアナウンスが流暢に聞こえて
ぼくはこの先の旅の安全について考える
ぼくたちみな、安全な旅をいのる
先を急いだり、
予定しないことをとつぜん予定に組み込むことは
旅先において危険をまねくというし
見ず知らずの街で
そこにぽっかり空いた路地へと
風に転がされる綿埃のように迷い込むことは
あらぬ危険をまねくともいう
でも、路地の先に並ぶ街路樹が
緑色にきらきらと光っていたり
その一葉いちようを手のひらに取って
色彩の鮮やかさを不思議に思ったり
陽にかざして、葉脈の一本一本の水の流れに
目を凝らしてみたくなったら、
すこしくらいなら歩いてみてもいいのかもね
誰にことわりが必要なわけでもない
誰に、というか、何に
機内アナウンスが終わり
最後の「Thank You」が聞こえる
そこには句点がきちんと付けられている



エンジンは轟音をたてはじめ、
離陸態勢に入る
高音が鳴り響き、
滑走のスピードはどんどん速くなる
ふいに空へ持ち上げられる感覚が
足の底から湧き上がり、
銀色の機体は針のように斜め上空を指す
みるみる離れていく町、
窓のフィルタは青みがかって、
建物の輪郭をモザイク画から
油絵模様にぼかし
やがて突き抜けた雲海の、
白銀の光を青く染め上げる
「Coffe? or Tea?」と問いかけるスカーフ
あの綺麗な、紅茶色のまなこを
ひとつずつ思い浮かべ、
渡されたカップの中で揺れて
窓からの光に澄んだ、そのみずみずしさをただ見る




「arrived at J.F.K.Airport」



アメリカ合衆国内、最低の空港だってさ
入国にもう一時間以上待たされてる
ゲートに並んでは
列が進み、進み、
そして審査官の目の前までいっては、
休憩時間かしらないが、
窓口はがしゃんと閉められ、
ノトーリアス・B.I.Gみたいな係の黒人が
ガムを噛むことより面倒臭そうに短く何かを呟き
ぼくを違う列の最後尾へ移動させる
それと同じことをこの一時間半の間に
もう三回も繰り返した
そんなぐちを送迎の車に乗り込みつつ、
旅行会社の手配したフリーランスの日本人ガイドに話すと、
ああ、噂にたがわずここは、アメリカ最悪のクソみたいな空港ですよ
と、笑った
そうか、最低じゃなくて最悪なのか
たいした違いはないのだが、
機内で眠れなかった僕は
時差ぼけにすっかりやられた頭で
そんなどうでもいい言葉の違いと、訂正と、それぞれの意味と、
最低と最悪の場合の、ノトーリアス・B.I.Gの勤務態度の変化を想像していた
窓の外には、オレンジの街灯に照らされた英字看板や、
ピンクや、ブラックライトみたいに鮮やかなブルーに光るネオンサインが、
ふるえる残像の色彩を、
引っ搔き傷のように瞳の中に滲ませては後ろへ流れ去って行く
そんな光景をぼんやり眺めているうちに、車はバン・ウィック・エクスプレス ウェイに乗っかり、車を避けながらジグザグに飛ばし、イーストリバーの地下を潜り抜け、あっという間にマンハッタン島に入る
あ、ここが、ロックフェラーセンターね
ここが、MOMA。しってます?
と、ニット帽を目深に被り、丸縁のメガネをかけたガイドは話す
三十歳の時に荻窪からハウスのメッカ・ニューヨークに移住したという彼は、 軽快な口調で案内を続けた
ところで……
そう前置きして男はさらに話を続ける
今回の旅の目的はなんでした?
どこか見に行きたいところや、
さがしている場所や、
さがしているものがあれば、
わたしの知る限りで案内しますよ
ひとしきりの無料案内を終え、男は本題とも言うべき、旅行代理店が絡まない、 個人的な仕事の話へ話題を切り替えた

今回の旅行の目的ははっきりしてる
旅費だってそこからでてる
と、告げながら、だから目的は明確なのに
さがしもの、という言葉がその男の口から出たせいで、
ぼくは少しの間考え込んでしまった



揺れる、車/記憶の急勾配を登る/道は太平洋をまた戻り↑
あの二つの瞳が、ねむりにつく猫のように、ほほえんで細まった



さがしもの、は、
どうやら、
いまアドリア海の
アンコーナという街にあるらしいのだが、
どういうわけだか、ぼくは、
間違えて太平洋を渡ってしまった
ほんとうは、
ユーラシア大陸をわたりたかったのだ
頭の中に、行ったことのないヨーロッパの街並が広がり、
光景は常に、薄いイエローのフィルターがかかっている
風は追い風、光は順光、
石畳の街路を抜けて、
田舎町にまっすぐ伸びた道を、遠くに見える赤い屋根を、
そして白い幹にキミドリの葉を茂らせた街路樹をいちばん速く、
連続写真のように後ろへ流しながら、走る
地平線に近づくほどに、
薄まっていくブルーと、
灼けた茜色の平原
そのさらに遠くに、
きらめくうなばらが広がっている
きっと、いま、
そんな光景に、
朝目覚めたあの時のように
まぶしそうにあのまなこを細め、
紅茶にいろんな果実をつけこむように、色彩を感じて
路上で、五万キロの道のりを走っているのだろう

ちなみにぼくのさがしものは
なにかしら、○い形をしている
だから遠い国の道の上、
ころころと転がっていってしまうのだ



「で、ここがTimessquareですよ、あの有名なやつね」



タイムズスクエアのホテル前で車を降りると、
ガイドの男はHave a nice tripと微笑みかけ、
そして、続けて英語で、
「注意深く見て探して歩いて」
というような言葉をぼくに投げた
案外マンハッタンは狭い
「だから意外な所に見つかるかもしれない」
というような言葉も付け加えた



翌日の朝日
背の高いビルが、窓の外にたくさんみえた
では、世界都市を歩くことにする



ミッドタウンイーストから、W.43th St.を西へ、
5th.Ave.を南へ、それから
ブルックリン、W. 4th St.からJones St.へ
そのさなかでさえ僕は、世界地図の右端の海岸から
紙の裏面を通り越したところにある、
左側の海の中に、片っぽだけ脱ぎ捨てられた
長ぐつに向かって
声をかけ続けている
○のありかをつげる便りは
数時間遅れで
届くのだという
ちなみに、イーストリバーを越えて
クイーンズも越えて
ロングビーチまで行くと、
北大西洋の端から端へ
波は渉り、鳥も渡る
緯度は長靴とほとんど同じくらい
おそらく航空機は鉄の楔のように
空にいくつもの青をつぎつぎと縫い止めては
つぎつぎとほつれさせてゆくのだろう、
そのせいで思考は空想に取って代わられる
 →(窓の外のアラスカには
 割れてまばらに拡散してゆく流氷が
 僕のスケールの尺度をこわして
 僕は窓に額をこすりつけるようにして
 見下ろしている、そして
 おおきな島ほどの流氷のうえに
 僕はひたすら、しろくまの姿をさがしている)

 見えるわけないでしょ



なにをやっているのだ、僕は



再び5th.Ave.のT.G.I. Fridaysでミーティング
固いステーキに飽き、ソースアメリケーヌに飽く
食べ残すことも、致し方ない



そこで見たものと、感じたこと、思ったこと



金曜日のダイナーで働くチカーノ
机の上のたべちらかしを
なんの興味もない
というようにゆびさきで
床へ次々と落とし
でかいチリ取りの口の中へ
どんどんとほうりこんでいく
それを片目で見ながら
とろけるところの無い
赤身のステーキにナイフを入れてみる
がしゃん、
チリ取りを持ち上げて
その口を閉じる音が重なる
肉はゆるやかにたわみながら
ナイフを少しづつ受け入れて
切り口からはレアな血が染み出して
白い皿の上を赤い湖に変える

かしげた
フォークの四つ又の先端のうち
一本だけ
血を吸い上げる表面張力は
赤いナトロン湖に立つフラミンゴの
か細い足首にさえ起きている
その桃色の羽は
みずうみの色だという
水をくちばしですくって飲むうち
桃色は緋色をつよめ
タンザニアの荒土に
ぽっと灯るのだという
おおげさなうそではなく
ほんとのことだよ



そこまでのできごとをしたため深夜一時、
地下鉄はブルックリンへ
ベドフォードAv駅を下車し、
壁画の階段を上る
街の上、土曜の深夜のあちこちに
FUNKTION-ONEが低音を響かせ
僕はしだいにこころをほつれさせていく
自由な、夜
どうやら夜の空はつながっているらしい、
と、いうことを思い出したようだ



@Output
74 Wythe Ave New York, NY 11211



アウトプットのためには、
インプットが必要不可欠だ
一杯をインプットし
一服をアウトプット
一杯をインプットし
一服をアウトプット
          (以後、十五回リフレイン)



∀ターンエーの感覚を感じる



音の質が、変わる
そのきもち
音域に入るとき
春の夜のうちに
波がおしよせて
目を瞑る中で
産毛だけが
ただふるえて
思考のアウトプットは
たいてい不意に始まる



「恋をすると、音楽がうつくしくなります」
「音楽を聴くと、その恋に陶酔します」
「○を、さがしはじめてから」
「音楽が違って聞こえます」
「それは声を聞こうと」
「耳を澄ましているからです」
「そして」
「それで」
「それが」
「だから」
「恋なんだと」
「言ってみます」
「○」

僕は音の洪水の中で
ただそのかぎかっこの中身をやみくもに頭に書き付けている
たとえば、そこにどんな打算があったとして
それは昼下がりに犬がする、ちいさなあくびのようにささいだ
喩えきれていない、この気持ちを
夜にどう露わにすればいいのか
瞳を閉じた触覚と音の世界では
当然誰もそれに答えることはない
閉じた瞳の代わりになるのは
あの澄んだまなこだけだ
やがて、黎明のとき、
地平線に太陽が昇るように
二つの目がゆっくりと開いた



*時間は進み、旅は終わり。空港にて、時間は進む



    ↓  にゅーよーく
    ↓
   ↓
  ↓
 ↓
↓      しかご


↓      べがす?



↓      ろす



↓      あらすか、しろくまは、いない



↓      うみのうえ



↓      窓の外は、ひたすらに明るい



↓      ずっと、うみのうえ


↓      もうどこかよくわからない



↓      やっぱりよくわからない



↓      ねむれない



 ↓     ……。
  ↓
   ↓
    ↓
    ↓  千葉



「当機は、ただいま、成田空港に、無事、到着致しました」



    ↓東京
    



いま、○い瞳をみている
透明な紅茶色のやつ
池の中で、こぽりとくちから
気泡をはきだすような
月曜日の昼下がり
胸に耳を押し当てて
そこで繰り返される音を聞いている
まなこは閉じられ、
体温が肌二枚を隔ててそこにある
つぎに開かれる時は、
窓の外の駐車場の向こうから、
かすかな蝉の声が聞こえた時だった、
僕は、先日すでに鳴いていて
今年二回目の蝉の声だと言い張ったんだけど、
それは気のせいです、
とほほえんで
カーテンを開けた
池の中に光が差し込んで、
台所の僕の足下まで
白い光の柱が伸びた
柔らかな逆光の中にいるあなた
いま、ここからはまぶしくて、
見つけることはできないけど
そこに確かにある開かれたまなこ
まぶしさに僕は目を閉じ
太陽のせいでまぶたの裏には
あなたの輪郭と、
さがしていた○のかたちが見える
それを、やわらく指でなぞりながら
夏を見るため、僕は目を開き
あなたがいる、
窓の方へと、
歩き出した ↓







「夏になったら、かき氷が食べたいです○」


















自由詩 世界地図を見るまなこと、なにかしら○いもの Copyright 水町綜助 2016-03-30 18:19:28縦
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