ちいさいのこと
はるな

お誕生日はよく晴れた。いつものように洗濯機をまわして床をみがいたあと、夫がベビー・カーを押してくれたので公園まで娘と手をつないでいることができた。
午後は眼鏡を新調したあとでお鮨をたべにいった。安いけれど美味しくて、そしてよく混んだお店だった。娘は機嫌が悪くまったく何も食べないかと思えば―、帰り際に残った細巻きをひとくちぱくんと食べて笑った。帰りにここでケーキを買っていく、と夫が寄った店には生ハムやソーセージがならんでいて―わたしたちが店にはいったとき店員が大きなかたまりの生ハムを切り出しているところだった―、ドイツ食材の店ということだった。(夫はチョコレートのケーキを予約してくれていたし、わたしにそれがよく見えないようにレジにかぶさるようにして会計を済ませた)。四本たてて火を点けた細いろうそくを娘はじっとみて―ふいてごらん、とわたしたちが代わる代わる促してもそのままじっとみて―吹いて消してを三回繰り返させた。また点けるの?と楽しそうに言う夫、かちっと音をさせてつくガスライターの火。
しばらく経てば忘れてしまうこまかい物ごとをいとしく思う。

帰りしな買った桃の枝は六本包まれていた。三本ずつに分けて瓶に活ける。実家からもらってきた瀬戸物のお雛様の脇にひと瓶、台所のチェストのうえにひと瓶置いた。わたしたちの家はちいさいので、ふたつとも玄関のお雛様の脇に置くと邪魔になってしまう。それに桃の蕾はもろいので、すこしふれただけでぽろりと落ちてしまう。
靴箱、靴、娘のための汽車。砂のついたベビーカー、パソコン。窓、お雛様、桃の枝、スーツ、スーツハンガー、鉛筆。洋だんすの上にある、結婚式の記念写真、妊娠写真、娘のスナップ(コルク板にかんたんに押しピンではりつけられている)。
わたしのいる場所はいつも居心地良くちいさいので、すぐにいっぱいになってしまう。いっぱいになって、なにかがどこかへ行ったのに気づくのはずい分離れてからだ。あるいは、ずっと気が付かない。



散文(批評随筆小説等) ちいさいのこと Copyright はるな 2016-02-29 17:31:03
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
日々のこと