子宮
あおい満月

私の手は汚れている。
いつも茶色く汚れている。
正しくは、化粧品の茶色い色だ。
爪もいつも、
黄緑色に淀んでいる。
顔のなかを蟻が這う。
私は痒さに爪をたてる。
その爪についた汚れが、
誰かの家の表札を汚す。

*

誰もいないフロアに、
アブラゼミが一斉に鳴く。
鳴き声は止まらない。
異変に気づいた職員が電話をとる。
電話の主は声を殺しながら、
(あの汚れは何だ)
脅しながら囁く。
後から職員たちが、
一斉に私のところにやってくる。
そして手錠を掛けるように、
私の諸手を高々とふる。
(この汚れは何だ)
私の手は汚れてはいない。
今朝きちんと洗ってきた。
代わりに私の爪からは、
白い雪が降りだす。

**

雪は世界を取り巻きながら、
降り続ける。
まるで瞳に映る世界を抱き締めるように。
だから、
雪の朝は暖かいのだと母は言う。
母と言うのは、
いつになっても子どもの世界を、
抱きしめている。
雪は母だ。
母は雪だ。
私たちは冬になると、
世界中の母たちにあたためられる。
だから本当の冬とはあたたかい。
冬はその子宮のなかに、
春をあたためているのだから。


自由詩 子宮 Copyright あおい満月 2016-01-01 21:19:19
notebook Home 戻る