因果律
片野晃司

最後には閃光、そしてエンドクレジットになるのだけれど、胃のあたりですっぱくなって、のどの奥から舌の上、牙と牙、唾液のにおい、鏡の向こう、気づいた時にはすでに遅い、そう気づくまえに服を着なきゃいけない。バスルームを出て、キッチンで後片付けをしなきゃならない。食器は食器棚へ、フォークを洗って、お皿を洗って、食卓の上を片付けて、あたたかくなってここちよくおなかいっぱいになって、それから食事をしなきゃいけない。料理を盛り付けて食卓にならべて、焼いて、刻んで、洗って、それから庭の畑に出ていくつかの野菜を収穫して、献立を考えて、ストーブを点けて、それからおなかがすいてきて、大事な頼まれ事もすっかり忘れてしまって、それからが楽しいひととき。

めでたしめでたし、名探偵はあざやかに謎解きの説明を終えてソファーに体を沈めると、しばしの瞑目のあとで依頼人から陰惨な事件の仔細を聞かされることになるのだけれど、すぐにまた退屈、ひまつぶし、爆発、疾走、奇行、そしてまた退屈、それからまたあざやかに難事件を解決して、虫眼鏡を片手に床を這い回り、そしてまた事件発生、そしてまた退屈、それからまた事件解決、からみあった暗号をみごとに解いて、書斎の本のすきまから古びた手紙が現れて、それから依頼人がやってくる。それからまた退屈。

人間、死ねば老いる。老いていけば生きている。後悔はいつもきっかけより先立って、それから別れがあってささいなことで喧嘩して、デートやらドライブやらあれこれあって、それから出会いがあって、それからまた後悔。洗濯物を着て、脱いだ服は洋服屋へ持っていく。ゴミを部屋にしまって、冷蔵庫の肉や野菜を食料品店に持っていく。ゴミ収集車がやってきて家の前にゴミを置いていく。あれやこれや、引っ越して、子供も大きくなって、家を大きくして、家族が殖えて、それから閃光。始まりは閃光。



             (hotel第二章 2015年夏)


自由詩 因果律 Copyright 片野晃司 2015-12-23 20:07:14
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