夕焼けの海
イナエ


夕陽は波の音を残して
海と空の混沌に溶けていく
松の梢から昼の光が消えると
ぼくの中で映像がうずきはじめる

 時を忘れて遊んでいたぼくらに
 夕餉を告げる母の声がとどくとき
 一日の終わったさみしさのむこうに
 明日があることを信じて
 色褪せていく空を見上げる
  「イチバンボーシ ミィーツケタァー」
 
 盛り上がり 陸に攻め入り
 子を呑み 母を飲み込んだ海
 太陽は鉄骨のシルエットを浮かび上がらせ
 破壊された人間の暮らしを抱えて沈んでいく

 海藻の間を縫って稚魚の群れが泳ぐ
 重い音が残響を引いて遠方から聞こえてくる
 魚群の中に子どもの生命が隠れているかのように
 若い母が子の名を呼びながら通り過ぎていく

海中に漂う人間の思念は年を取らない
その震えた声に海が共鳴するとき
稚魚の背にさざ波が立ち
海底の岩は珊瑚の破片を抱きしめる

 夕焼けが人の情(こころ)をうつのは 
 子を呼ぶ母の声が聞こえるからかもしれない

            「蕊」56号 


自由詩 夕焼けの海 Copyright イナエ 2015-12-05 18:16:13
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