夜更けの紙相撲「記憶にさえ残らないものたちへ」
そらの珊瑚

 二十年来使ってきたざるを買い換えた。そのざるには欠点があり(それは使い始めてすぐにわかったことだが)持ち手になる場所にほんの少し金属が出ているらしく、私はなんどもそれによって手を傷つけてきた。傷といってもほんのささいな瞬間的に痛さを感じるくらいのもので、ただちに捨てるには惜しく、結局ずるずると使い続けてきたのだった。

 気に入らないものでも、長年使っていると愛着がわく。ほぼ毎日にように、それは米を洗い続け、熱く煮えたぎったパスタのゆで汁を受け止めてくれた。

 ざるで濾されたものは排水口に流れてゆく。ざるに残ったものは大切に食べられる。キッチンで、どちらが大切かはいうまでもない。
 たとえば人の心のどこかにもそんなざるがあって、そこをくぐりぬけたものは、記憶に残らないとしたら……そんなふうにして消えていった、ざるの目よりも小さなものたちもまた、大切ではなかったかと思うこの頃である。
 今頃彼らはどこにいるのだろう。
 米のとぎ汁のように、海までたどりつけていたらいいなあと思う。


散文(批評随筆小説等) 夜更けの紙相撲「記憶にさえ残らないものたちへ」 Copyright そらの珊瑚 2015-11-28 14:44:14
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