十分
高橋良幸

10分後、私たちは おも される
10分前に見た映画はもうまるで嘘のようだ、と
いまどき流行らない、よくある2Dの映画だったが
持ち合わせた感想は特になく
1Dでなかったのがせめてもの救いだと笑った
古いシートに沈着したほこりの匂い
照明を落とした廊下のたばこ臭さ
突然曲がる w.c. の間取り、
ストローを這い上がる空気とペプシコーラの薄い甘み
どうせあとでキスをするのだから
あなたは好きな飲み物を飲めばよかったのに




その1時間後、私たちは おも される
2本目のワインが眠気の原因で、
歩き疲れていたのに飲み過ぎてしまった
すっきりしていて飲みやすくて
料理の味を損なうことなく、二人の会話を滑らかにした
映画のことなど口に出さず
私たちのテーブル以外、何も見えなくなった




あくる日、私たちは 思い出 される
昨日のデートはいつか忘れてしまうだろうが
たわいもない、というほどのものではなかった、
オフィスのキーボードを叩きながら
繋ぐ手はもうひんやりしていた、と思った
対照的なのは、すれ違った街並みの量に
比例したふくらはぎの熱さ






その翌週、私たちは 思い出 される
イスによじ登ってキーボードを叩いていた、私のだらしない格好と
ゆったりとして、ほうけていた同僚の返事
ついこないだまで豆を挽き、コーヒーを淹れていたのに
冗談ばかりだった彼らにも半分仕事をわけてやりたい







次の月、私たちは 思い出 される
予想していなかった忙殺と
それぞれの少しずつの無責任さと
遅く家に帰って点いていた明かり








翌春、私たちは 思い出 される
座敷の忘年会で、愚痴もいつの間にか賛辞に変わっていた
無事に終わった仕事とはそういうものなのだろう








その翌年、私たちは 思い出 される
こんな風にジンジャエールを飲んだ、おととしのことだったか、
二人で見た1Dの映画の薄さと甘さ









10年後、私たちは 思い出 される
わからなかったことも、今わかるような気もしている









その100年後、私たちは おも される
楽しいことも、幸せなことも、あってよかった


自由詩 十分 Copyright 高橋良幸 2015-11-23 16:13:34
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