はるな


ママがむかしつややかな毛並ととがった爪とひきかえに愛を得た話を父から聞くたびにあたしはみょうな気持になる、その結果としてあたしは生まれてママは死んだのだ。つまりあたしはママの毛並と爪とひきかえということになる。ママのむかしの写真を見たことがあるけどそれはもううっとりするような毛並だった、なめらかでひかっていて、気持ちよさそうに風になびいて。爪は実物を見せてもらったことがある(そのときに爪はばらばらと足元に落ちていたんだそう)、やっぱり力強くて素敵だった。
爪のことはじつは父との秘密だ、ママはその時の自分のすがたをあまり好きじゃなかった。変わってからママはずっと幸せだと口にしていたそうだ、父と手をつないであるいたり(だってもとのすがたじゃ爪が刺さっちゃうもんね、ていうか大きさだってずいぶんちぐはぐだし)同じソファにすわったり、同じベッドにだって眠れるようになったから。そういう話は全部父から聞いた、だってあたしが言葉を理解できるようになったときにはママはとっくにいなくなってたから。ママのお墓はない、ママはもとのすがたでもとの場所(つまりあの森のなか)に戻っていった、あたしはわかる、もとのすがたで悼まれるなんて絶対にいやだったママの気持ち。あたしも、ママほどじゃないにしても自分の髪の毛とか爪がひとより早くのびるのが気になるし、まつ毛も眉毛ももっと薄茶色みたいだったらいいのにと思うときもある。あるけど、でもやっぱり捨てることはできないなとも思うのだ。あたしの目の色を、父はママによく似ているといって賞賛する。手足がながくて力強いのもママ譲りだって。ママ譲りってことは、やっぱりあたしも自分のすがたを捨てるくらいの気持を持つことになるんだろうか。そうしてそれを幸せだって言うのかな。ママが幸せだったのは、父と同じベッドに寝られるようになったからなのかな。そうじゃなくて、自分の思い通りにできたってことがただ嬉しかったんじゃないかしらと思う。たったひとりの誰かを見つけるのと、たった一人で格好いい毛並をなびかせるのと、どっちがあたしに向いているだろう。あした起きてたら、あたしの爪もママのあの爪みたいになっていないかな。そしたらきっと、あたしはこの窓枠を蹴とばして、森で朽ちてるはずのママの亡骸を掘り起こしに行くんだ。


散文(批評随筆小説等)Copyright はるな 2015-11-09 09:28:44
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