いくらか体重を軽くして渡す
末下りょう


起きたり寝たりはしない。倒立させたテレビがある。ダサい。消されたそれを眺めている。

ある日暮れに、茜色に、肌寒い風になびくカーテンの献身とペーソスに、男は可及的速やかにしらけ、すべての窓をあらゆるもので塞ぎ、部屋をタイトに密閉させた。部屋の鏡を全部取り外して物置きに仕舞った。首輪を外して猫を締めだした。

やがて不穏に溶けだす静けさが触媒となり空虚よりもはるかに重い空虚を部屋に繁殖させた。男はそれを養分としてかたちだけのディレイを培養する。実験する。消費する。


鉄の灰皿に並んで収まる双子の小人の焼死体みたいなマッチ紙を男は眺める。レア物のマッチブック。それと机の上には破いたポラがいくつか散らばりマッチブックの側薬は削りきれている。

肺の奥深くまでニコチンや色々な物質を吸い込み男はむせる。紫煙を吐く。目に染みる。外国産の不慣れな匂い。意識的な独り言。セリフ。男はずっと死んでいたいと思う。

錠が壊れた便所に立ち飲み続ける缶ビールがそのまま放出されているような光景を男は俯瞰する。サーチする。だが自分が酔ってるのか酔ってないのかよくわからない。

床のリモコンを拾い照明代わりにつける。ON、OFF 関係なくテレビは男の現実からかけ離れた場所に忽然とある。UFOに似た電化製品。救いは現在時刻と日付、たまに天気予報。その点がUFOより優れていた。その分、UFOは地上的だ。

情報と表現が不釣り合いなコンテンツが倒立して延々と続く。

手に負えないほどバナルな映像が倒立して提供される。


男が締めだした猫はいつも窓際に光を求めるように座っていた。

灰皿で煙草を押し潰して物置きから鏡を1つ取りだし男はその青白い顔をうつす。まるでお化け屋敷の安い幽霊要員。男はバリカンで頭を剃り始め、いったんモヒカンにして眺め、それから残りの毛髪を一気に剃った。
のびた爪を深々と切りそろえ、死んだ細胞は火葬か土葬か迷い、ビンラディンみたいに水葬にした。

卸したての下着を履き、糊の効いたシャツを着て2つ釦のジャケットを羽織った。サイズが合っていない。ネクタイは持っていない。ズボンは履かない。机の上の携帯が鳴る。非通知。ほどなく切れる。

2種類の人間像が始まりと終わりの短線の側に介在するとコメディアンが言っている。自分を自分と思わないか、それ以外か。自分はどっちかと男は考えてやめる。2種類が多すぎた。

石の彫刻みたいな合成皮革の靴を履き、粗大ゴミだった緑のソファーに男は土足で沈む。それとほぼ同時に誰かが強烈に玄関のドアを叩きはじめた。訪ねてくるものなどいないはずの部屋のドアを強烈に。家賃は滞納していない。金融機関に金も借りていない。

ノックというより破壊行為に近いそれは恐らく3分程続き、そしてまだ鎮まる気配はない。そいつはドアの前で金切り声をあげている。男は仕方なくパジャマのズボンを履き、ちぐはぐな格好でドアを開けた。外は暗い。アンパンマンのお面を被った子供がひとり立っていた。

なにかおくれよ。
アンパンマンが言う
なにもないよ。
男は言う

アンパンマンは一発舌打ちすると土足で部屋にあがり窓のあらゆる覆いを片っ端から引き剥がしてすべてを開け放った。とても寒いと男は思った。ガラガラとコアレスのトイレットロールを便所から引っ張り抜いて部屋中に散乱させた。アンパンマンは小脇に抱えた大きな缶から赤い包みの飴を1つ取り出して男にくれる。

イタズラめんどくさいんだよ、頼むよ。おじさん。
アンパンマンが言う
ガムを噛んでいる

男の下半身がスースーする。頭が痛い。猫がいつの間にか帰ってきている。息を荒くしたアンパンマンの背中を見送る。マントくらいしろよと思う。男が包みを剥がして飴を舐めると、それはリンゴ味だった。




散文(批評随筆小説等) いくらか体重を軽くして渡す Copyright 末下りょう 2015-10-30 20:10:58
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