Miz 10
深水遊脚

 柏木に須田の戦闘訓練を、青山に身体能力の向上のためのトレーニングを担当してもらうことをそれぞれ伝えた。特に柏木には、自身の戦闘能力を削られる危険性について知らせ、危険な状態に陥ったら訓練を中止して構わないと伝えた。柏木はやる気満々だった。自信もたっぷりだから、胸を貸してやるくらいに思っているのかもしれない。危険な状態で訓練を中止するようにとの助言については心配しすぎですよ、と返された。たいして考えていないのかもしれない。まあそれもよい。須田は味方となるのだ。過度な警戒心をもって相対するのは本末転倒というもの。万が一柏木が駄目になったとしても、早めに俺や政志、あるいは晴久と代わればそれでよい。最終的には俺が須田の能力向上を引き受け、責任を負うつもりでいた。青山も張り切っていた。最後まで信頼してもらえるように頑張ります、とのこと。疑問を呈してここを去った女性は青山と同じ時期に入っただけに、いろいろ思うところもあるのだろう。この2人ならば任せられる。そう思った。あとは須田が自らの意思でここに来るかどうかだ。最低限、自らの足でここに来てもらわないと困る。常々政志にそう言い聞かせてもいる。思っていたより来るのは先になりそうだ。あるいはこのまま来ないこともあるかもしれない。

 先に政志がレグラスとの交信でデクレッシェンドについての答えを得た。

「怒らないで聞いてくれよ。発現するかどうかもわからない味方となる人の能力を、まるで味方を害するかのように考えて防御しようとするなんて、賢明な幸政さんらしくない、と言っていたよ。」

反射的にいろいろ言いたくなったが話し相手は政志じゃない。レグラスの言葉を全部把握するために、怒りは圧し殺して続きを促した。

「デクレッシェンドで減じられた特殊能力が、回復する場合としない場合、それが誰かの都合のいいように決まるはずがない。味方というのは、最初からの決まりごとではなく、作り上げて行く関係でしょう。特殊能力を利己的に使う人間を私は政志くんに教えたりしない。彼女とどのように味方としての関係を作り上げて行くか、それは幸政さんの考えることよ、と言っていた。」

「そうか。ご苦労だった。」
短くそう伝えて会話を打ち切った。そうしないと政志に八つ当たりしてしまう。レグラスの言葉をこの瞬間の怒りや、あるいは自己弁護ではねのけずに真っ直ぐに受け止めて向き合う必要がある。そのことは、俺にも分かった。一言一句、反芻して心に刻もうとした。俺は戦闘員用のトレーニングルームに入った。間城と三津が先に来ていて、俺を見て気をつけの姿勢で挨拶した。労いの言葉をかけ、トレーニングを続けるよう促した。須田の訓練を担当させることにした柏木や青山もそうだが、この間城と三津にも絶対に近い信頼を置いている。暫くして政志がトレーニングルームに入ってきた。何か話したがっていたが口ごもっていた。先のことを気にしているのだろう。政志は少しも悪くないというのに。うまい飯屋でも教えてくれ、とこちらから関係のない話を振ってみた。とたんに饒舌になった政志の話に間城と三津の顔も緩み口も滑らかになった。

 俺のやり方は特殊能力に頼りすぎずに基礎となる身体能力を徹底的に鍛えさせる。そのためか組織は軍隊のような規律ができている。俺が意図したところではないのだが、それに馴染む者がやはりよく続く。政志も晴久も、およそそれに馴染む性格ではないようにみえて根性はあった。上に立つ者として下になめられないだけの能力を鍛え上げ、相応しい振る舞いが出来ていたのだ。 ただこの規律は、味方としての関係を築くために相応しいだろうか。以前からよく考えることだった。神としてレグラスが我々に、交信する者を通じて代々伝えてきたことがある。より小さな力はより大きな力を封じるのではなく引き出すことで全体が強くなるのだという。同じ厳しさでも封じる力と、引き出す力がある。引き出す力が本物の力であり、それを実現する心技体の修養が訓練の本質である。そのとき本当に戦う相手は敵でも、模擬戦の相手でもなく、自分自身なのだ。俺はその考え方を極めているだろうか。極めていないからレグラスと交信できないのだろうか。少しでも歩みを止めるとそんな思考が押し寄せてくる。個々の力と基礎的な身体能力の向上を重視する方針は譲れない。この部分だけは鍛えないと、その先の特殊能力の発現はないし、この部分が半端だと本当に命を落としかねないのだ。いつもそう考え、弱気を振り払っていた。

 トレーニングルームの隣にある演習場から模擬戦を終えた柏木と青山がでてきた。張り切り過ぎているのか、2人ともボロボロだった。心配して声をかけたが皆大丈夫だと言っていた。もちろんこいつらのいう「大丈夫」や大雑把な報告はあてにならない。演習に必ず立ち会う母親の市田春江、そして晴久の母親の亀山広夏から模擬戦について軽く報告をもらい、のちに詳細なデータにアクセスするというシステムになっていた。実力に差のある者同士の模擬戦が密室で行われると何が起こるかわからない。こうして透明性を高めることも必要だ。万一のときは強制的に模擬戦を中止することにもなっていた。データをみる限りでは、柏木の力の使い方は青山の実力よりも少し上くらいの、訓練に程好いものだった。青山のほうが尻上がりに調子をあげ、柏木もそれに合わせて徐々に力を解放していったようだ。慌てた様子が手に取るようにわかり、思わず笑いが漏れた。

 その翌日、須田が倶楽部の受付に来た。受付には亀山広夏がいたのですぐに話は通じた。打ち合わせていた通り、倶楽部のエントランスにあるアクリルで囲まれた面談用の部屋で我々は彼女を迎えた。亀山広夏と柏木、青山、そして俺で一通りの説明を行った。戦闘員志願者は毎月一人はいるなかで、これは異例中の異例のことだったが、父幸盛と母春江が彼女に興味を示し、ともに食事をすることになった。食事といってもそれほど高級感のない倶楽部併設の健康食レストランでの、ごく軽いものではあったが。俺は同席を求められたが、代わりに青山を同席させた。青山がこれから課すことになる訓練にほとんどの志願者はついて行けなくなる。トレーナーとしての青山の人柄を、まずは須田に直接知ってもらい、その信頼を父と母が裏付けてくれるならその方がいい。

「相当鍛えてますね、彼女。」
柏木が唐突にそんなことを言った。
「わかるのか?」
「はい。大体のことは呼吸のしかた、姿勢、歩き方でわかります。筋肉がそれほどついているわけではないので、有酸素運動でしょうね。ジョギングか、ダンスか。」
「それならば最初の身体能力向上の段階で逃げ出すことはないかもしれないな。筋トレも大いにしてもらうことになるのだが。」
「入ったときの青山より頼もしいですよ。」
「ならば青山はトレーナーとして適任かもしれん。いい素材の急激な成長は、青山にとっても刺激になるだろう。」
「そこまでのことは何とも言えませんがね。私の出番は思ったよりも早いかもしれませんね。」
「そうだな。一般的な身体能力向上をクリアした第1ステージ、極限状態を乗り切る基礎的なノウハウを叩き込んだ第2ステージ、それらをクリアできるかは青山次第だ。それをクリアできて初めてお前の出番だ。鍛えておけよ。」
「何をですか?」
「自分の能力が喰われてもいいように、だ。何を鍛えるかくらいは自分で考えろ。」
「そうですね。」
どうも昨日から柏木の過信が気になる。次の言葉で一気に不安になった。
「所詮は小娘。力を削るような卑怯な真似をするなら尚更負けられません。見せつけてやりますよ。我々の力を。」
「おい!」
「すみません。内緒にしておいて下さい。でも鍛えるのって、互いに切磋琢磨しあってそれぞれの力を向上させるものでしょう。小娘が入ると調子狂いますよ。」
柏木が喋り続けることを俺は許さなかった。
「それ以上いうなら担当をすぐに間城に変えるぞ。」
柏木は心外そうに俺をみた。が、取り合うわけには行かない。その考えは捨てろ!目で伝えた。


散文(批評随筆小説等) Miz 10 Copyright 深水遊脚 2015-10-28 08:18:49
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