Miz 9
深水遊脚

 地下鉄の駅とはいっても高架線上にある、そんな駅から5分ほど歩いたところに、フィットネス倶楽部Ichida はある。父、幸盛が始めた小さなスポーツクラブが最初だったが、いまでは指導員も施設もそれなりに充実している。地の利もあり経営は順調だ。この近くは金持ちが多く住んでいる。まあ、金回りが良いのはそればかりではない。警察や自衛隊から時々極秘で依頼がくるのだ。法規に縛られない柔軟な活動をしてほしいという先方の希望があり、我々がそれを叶えるだけの特殊能力の保持者を擁して日々訓練をしている。表向きはフィットネス倶楽部ではあるものの、いわばどこぞのアニメの地球連邦軍とかなんとか言われている組織の秘密基地のようなものだった。飛行機もロボットもないが、国家によって正義が保証された怪しげな暴力装置には違いなかった。そうした実態をオブラートに包むためか、ヒーロー結社などと呼ばれており、俺にも「ライオン仮面」などというフザけたコードネームが存在する。

 特殊能力の保持者というと簡単に聞こえるが、人間が本来持つ力の9割以上を引き出し、なおかつ通常の状態と力を解放した状態を自在に使い分けなければならない。そのための訓練は並大抵のものではない。人間には思念の糸というものがあり、生者のそれは肉体と基本的に一対となって結び付いている。特殊能力の保持者はその思念の糸を自在に操れる者のことである。当然誰もがなれるわけがない。素質のある者はレグラスという意識体の力を借りて、途切れることなくスカウトされるのだが、長く続いて戦闘員になることができる者は珍しい。今現在13人の戦闘員がいるが、過去3年の間だけでいえば、わずかに2人の戦闘員が増えたにすぎない。戦闘不能になったり、退役を希望されたりもあるので、全体としては減ってきている。戦闘員など、いなければ国家の無理難題をやんわりと断ればいいのだ。そうすれば国家は他に方法をいくらでも考えるだろう。しかしここで戦闘員となった者に半端な訓練をして、丸腰でも庇護を受けられる市民よりも、現場に赴く分だけ、危険な状態に晒してしまうのは耐え難い。実際、ヒーロー結社の歴史上、死者もでているのだ。そのあたりの葛藤を、唯一レグラスと交信できる政志は感じたことがあるのだろうか。我が弟だから愚かにみてしまうという癖も改めなければいけないが、どうにも緊張感が感じられない。「オシシ仮面」というコードネームがいけないのだろうか。上層にいるネーミングセンスのないオッサンたちは、半ば本気で敵だと思っている。

 4区画ほど離れたところには有名な珈琲専門店があるらしい。そこで政志は声をかけたらしい。須田真水という志願者についての報告がいま、会議に上がっている。うんざりした気持ちを隠さずに聞いた。

「政志、てめえまたナンパか?」
「勘弁してくださいよ幸政兄さん。こちらはいつでも真剣ですよ、失敬な。」
「声かけするのはいつも女、場所はいつもそのへんのカフェのような場所。戦闘訓練が始まればすぐに耐えられなくて逃げ出してしまうのばかり。これがナンパでなくて何なんだ。」
「兄さんはその偏見を何とかした方がいい。すぐに耐えられなくなって逃げ出すのは男性だって同じだよ。この3年間で30人が志願して、最終的に男性2人が残ったけれど、力のコントロールに失敗しただけでもう少しで戦闘員になり損ねた女性が2人、最終段階で我々に疑問を感じて離脱した女性が1人いたことを無視しないでくれよ。」
「話を逸らすなよ。ちゃんと戦士を選んでいるのかって聞いているんだよ。」
「聞く耳をもつ話し方じゃないね。だからこちらも一方的に話すけれど、須田真水さんの能力はレグラスの折り紙つきだよ。発現すれば戦闘相手の能力を徐々に弱めて、最終的に無力化できるんだ。無論、基礎的な戦闘能力がなければ話にならない。無力化は特殊能力レベルでの話なのだから。でも身体能力も彼女は優れていると僕はみているよ。」
「デクレシェンドですね。」
亀山晴久が議論に加わった。
「敵にしてみれば相当に厄介な能力ですよ。鍛えた技が徐々に弱体化して通用しなくなるのだから。」
「それは戦士の戦いかたじゃねえだろ。」
「では戦士とは何ですか?」
少し意地になったことを後悔したが遅かった。晴久は冷静に事実と根拠に基づいて発言を展開する。
「政志兄さんが言っていた、我々から離脱した女性は、女性であるゆえに戦士として信頼されていない、というメッセージを残していた。このことは、我々の共有する事実ですね。」
「その通りだが。」
「幸政兄さんが本当にどう考えていたかは問題ではない。その女性がそう感じたとすればそれは何か。厳しい訓練に耐える強さも、志の高さも、忠誠心も、彼女は条件を満たし、特殊能力も発現していた。それでも発現した力を我々のために使うことを、最後の最後で拒んだ。その原因はわからない。しかし、政志兄さんがカフェで誰かをスカウトしたことが、性差をもとにそのような目で見られるとしたら、女性が命を預けて行動を共にするほどの忠誠心をもつというのは無理難題です。我々はその偏見で貴重な戦力をかつて失ったし、いまもみすみす逃そうとしている。」
反論できなかった。一から十まで正論だ。とはいえ、腸が煮えくり返る思いを必死に抑えていた。

 父、幸盛が珍しく発言し、面白そうな子じゃからとにかく来てくれたら迎え入れよう、来る前から出来ないと決めつけることはない、とのこと。それはその通りだ。まずは彼女をみてみないとわからない。それと、自分だけが真剣だと思うのはお前の悪い癖だなあとも。だが幸政、おまえにしかリーダーはできん。それはいまの会話を聞いていてもわかる、とも。気休めなのかもしれない。それに、本当は父の言葉なしでそれを悟らせなければならない。皆の前で討論に負けて、そのままではリーダーどころか、身の置き場すらない。でも自身の戦士についての考えを展開して空論で制しても仕方ないのだ。自ら身につけた技と信念により戦士とはこういうものだと見せて行くしかない。政志も、晴久も、俺とやり方は違うがそれぞれ立派な戦士だった。ナンパ云々はやはり俺の間違いなのだ。レグラスの声が聞こえる政志への嫉妬が忍び込んだか。それにしても政志に女性に甘い部分があることは確かだった。男性に相対するときと明らかに違う。晴久と比べるとよくわかる。あいつの丁寧さは誰に対しても等質なのだ。

 須田真水を迎えることはヒーロー結社全員の一致となったし俺としても異存はない。ただ一つ気になることがあった。彼女の戦闘訓練は誰が担当するのか。身体能力の向上だけが目的なら比較的新入りの青山や三津でもよい。しかしデクレッシェンドという能力が発現したらどうなるか。戦闘員にとって、比喩でなく血の滲む努力でもって身につけた能力が弱体化、無力化するならば精神的ダメージは大きい。回復しない場合は直ちにわがヒーロー結社の損失となる。

「政志、そのデクレッシェンドという能力について聞くが、戦闘によって弱体化させた相手の能力は回復するのか?」
「それは回復する者としない者がいるみたいだよ。回復する厄介な敵も想定しておかなければいけないね。」
「馬鹿か?まず彼女の戦闘能力を鍛える為には、味方が彼女の戦闘訓練の相手になるんだぞ。模擬戦で彼女と戦わせた相手の能力が回復しなかったら戦闘員を一人潰すことになるんだぞ。」
「それは……」
「考えてなかったな。レグラスに聞いておいてくれ。力が回復する場合も、一度弱体化した力で戦闘して手痛いダメージを負ったなら、それが記憶に残り、次の戦闘に支障が出るかもしれないのだ。」
「わかった。」

本当にわかったのか心許ない返事を残して政志は去った。まあそこまでの能力が発現するならば、喜ばなければならない。戦闘訓練の相手には、柏木か間城が適任だろう。いずれも10年近いキャリアがあり、戦闘の実績も十分だ。年齢の若い柏木に戦闘訓練を担当させ、身体能力の向上には青山をトレーナーとしてつけよう。


散文(批評随筆小説等) Miz 9 Copyright 深水遊脚 2015-10-14 19:04:49
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