終着駅
イナエ

夕陽に向かって走っていた電車が停まった。長い間揺られていた人々は立ち上がった。この先には もうレールはなかった。が 旅が終わったのではない。
ここからは ひとり 自分の足で歩く始発駅でもあった。過去の人生が詰まった荷物を背負い あるいは ベンチに残して身軽になって…
これまでに集めた荷物が、この先、歩く自分の足に役に立つのか。重荷になるのか ここは賭だ。
電車の中で知り合った人たちと交わす別れの挨拶が ひととき街のにおいを漂わせる。 出会うことはもうあるまい
それが済むと彼は出口で立ち止まり 遥かな彼方を確かめる
茫漠と広がる未体験の領域を前にして 踏み出す一歩に慎重になる。が 迫る夕映えにせかされ、遥かに続く未知へ踏み出す。 
どこを選ぼうと、いずれ尽きることは分かっている。それまでにどれほどの道のりがあるか どのような風景があるか 知るものはいない。それは これまでの希望に満ちた出発でも同じだった。
既に薄暮に包まれた駅舎の中では 蛾が二つ三つの円をえがき始めていた。ここまで乗ってきた電車はすでに消え 鈍く光るレールも 先の方は薄暮の中に消えている。もう戻ることはできない。これからは かすかに光を発している灯だけが目標になるのだろう。ひたすら歩くことだ。自分の道を歩きつづけることだ。彼は色彩を失っていく風景の中心に 頼りなく浮かぶ白い道へ踏み出す。
不意に感じる視線。見回しても見付けることはできない。けれども これまでにも どこかで見つめている視線があったように思う。これからも きっと どこかで見つめる目があるに違いない。彼はそう確信する。 と 一歩踏み出すごとに ぼんやりしていた灯りが輝きを増してくるのを感じた。  
 


自由詩 終着駅 Copyright イナエ 2015-10-12 22:13:30
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