稲妻市へ
手乗川文鳥

ホームの柱には角丸ゴシックで神とだけ印字されたステッカーが貼りついていた
その柱にもたれながら乗車する予定の新幹線を待つ
正確には夫と娘が帰省するために乗車する新幹線を待つ
とうの二人は並んでホームの椅子に座り乾いたサンドイッチを頬張り
車内では騒がないこと
アソパソマソやプ利休アを歌わないことを特に念入りに
言い聞かせていたが
娘はスカートに溢れおちた玉子に夢中で
二人きりで完全な一組の親子でいるところへ
とても入ってはいけず
わたしは足元にカバンをおろして神にもたれていた


プラスチックで丸くて人工物であると無邪気に主張する青い座席が黄緑がかった電灯のひかりを跳ね返している
あちらこちらへ無軌道に跳んでいく三歳児のキャッチボールが
園庭の砂埃の中で笛の音に合わせて行われている
ほとんどリズムを無視して
やわらかいボールがとびかう
そして上空から音がして指をさす
しんかんせんやー
白い流線型の乗り物はすべて新幹線で
彼女は今から飛んでいくわけだ

いまからどこへ行くの
さんだー!

サンダー

電撃は
かつてわたしも感じていた
ふるえることを頼りに走ることは勿論覚えている
そしていつも一人だった
わたしは、だれもかれもの言葉がわからなかったし
だれもかれもが、わたしの言葉をわからなかったから
いまではその意味がわかる          わかるよ
「わたしは君の母親ではなくて、君とともだちになりたかった。
そして君と手をつないで、いつまでも同じことばを繰り返して笑いあうような時間を過ごしたかった。
午後三時の陽を浴びて、ぐんと伸びた影を見ていたかった。」

ベルが鳴り
ゆっくりと動き始めた新幹線の丸い窓から二人は手を振る
なぜわたしは一緒ではないのかと言いたげな娘の視線を残したまま
加速した新幹線は空を飛ぶことなく走り去っていった



振り返ると丸い角の神がいて
わたしはインスタグラムに写真を投稿した




自由詩 稲妻市へ Copyright 手乗川文鳥 2015-09-05 01:03:21縦
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