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Wasabi

おれはD2、ケーヨーデイツーに行く途中でこの文章をかいている。(頭のなかで書いている。)D2は家から1キロ?くらい離れたところにあるホームセンターだ。チェーン店で知っているひとも多いと思う

D2に何をしに行くかというと衣装ケースを3つ。それも深くて奥行のある大きいのだ。それを3つ。クローゼットの整理に必要なんだ。しかも、おれは歩いている。帰りももちろん歩きで両手で腹にのせながら帰るつもりだ。おれに車は無い。あるのは自転車。移動はいつも自転車だ。車をだしてくれる友人もいない。だから歩きだ。
でもおれは結構幸せに暮らしてる。


車をだしてくれる友人というと、おれはマキを思い出す。マキは今、老人福祉施設で園長をしている。バツいちのシングルマザーで高校生の娘がひとりいる。園長という役職のためお金には困っていない。

去年の夏、マキと久しぶりに呑む機会があった。十数年ぶり会ったマキはおれを一目みて「変わってない!!」と嗤い、ひと回りかふた回り太って貫禄が出ていた。
話はじぶんのまわりの不幸とそれにどう考え対処したか。昔とあまり変わっていなかった。
マキは、自分は正しいよね?まちがってないよね?アタシ頑張ってるよね?と、おれに確認したいんだろうとおもうので、それでいいと思うよ。マキは頑張ってるよ。と昔とおなじように言うんだが、マキは物足りないみたいだった。

それは別れ際、楽しかったっ!と言ったマキの「っ!」の強さと、目を合わせずにタクシーに乗りこむ早さが、おれに気づかせた。

マキは自己肯定の確認をしたかった訳じゃなく、アタシはこんなに考えてがんばってるけど、アンタはどーよ?すこしは変わった? と、おれの話を聞きたかったんだ。
おれは喋るのが下手だし、考えもたまに思いつくことを指針に生きているから、マキの望むような気の利いた話などとっさに出てこず、それなりに話はしたが、昔と大して変わらないのだった。マキはおれに大器晩成という言葉をつかった。

昔、電話したとき、マキは自分の話がおわると、スースーと寝息をたてて、おれの話の番なのに寝ていてなにも聞いちゃいなかった。マキにとっておれは保険だった。だれもつかまらないときに誘ったら必ず来てくれる人。今回の呑みもおなじだった。
でもなんだろう、おれは不思議と腹が立たない。



欲しい衣装ケースが2つしか無い。3つ無いか従業員に在庫をしらべてもらいたいが、店員がいない。スーパーでもそういう目に遭う。忙しそうに早足で通り過ぎるのを目で送ること1、2回、やっと対応してもらえるんだ。



マキとおれと一緒によく遊んでいた友人にみどりがいた。みどりは夫のドメスティックバイオレンスが原因で息子が2歳のときに離婚した。
ネットで詩のようなものを投稿している話をみどりにしてみたことがあった。
それってポイント何になるの?お金とかもらえるの?と聞かれ、なにも。自己満足になるだけ。
と言ったら、みどりは鼻でわらった。昔のみどりじゃなかった。
一人息子を女手ひとつで育てる厳しさがそうさせるのかな、と思ったがやっぱり残念だった。
とっさに出た言葉が「自己満足」だったおれも、もう少し言い様があったろうとは思うが、それでも。



店員が端末で在庫を調べてくれた。衣装ケースは2つしか無い。「ありがとうございます」と、すかさず言ったさ。小学校の標語に「ありがとうを言いましょう、言われるようにしましょう」とあったアレさ。

おれは自慢じゃないが、ありがとうを言えなかった。少し最近まで。思っても意識して言葉にすることを知らなかった。気づいたときにはまわりがおれを不信におもってた。だから、すこしは成長したんだ。マキ、聞いてるか。

母親はおれが小さいとき、顔を覗き込んで「ありがとうは?」なんて促してくれる親じゃなかった。
教育ってもんをしないのが教育ってこともあるから恨んでなんかいない。母親がおれにしたのは政治的洗脳。
でも、それも解けたから今おれは結構しあわせだ。



マキもみどりも24才で結婚出産した。おれの友達のなかでは早いほうだ。
おれはもう出産はあきらめた。けど、まあ恋人みたいな相手もいて幸せに暮らしてる。
女は出産育児して幅が出て一人前になるんだと思う。親になった女には最後まで勝てない気がしてる。
それでも、おれは生かされてる。恋人とは別にちいさな恋もできる。人間観察にも飽きない。
料理や掃除、時給200円(1200円ではない)の仕事もある。親や兄弟もいる。
おれはある人から見たら底辺の生活水準で暮らしているけど、不幸なんかじゃない。


♪負けないで もう少し 最後まで走り抜けて
 どんなに離れてても 心はそばにいるわ 感じてね 見つめる瞳

高校時代そんな歌が流行っていたけど、おれにはなんの慰めにもならなかった。おれを見つめる瞳なんてどこにもなかった。そんな不幸な時期があった。
おれの質問に答えてくれる友人はどこにもいなかった。
「そういう問題はムズカシイよね」
そんな返事いらないんだよ。難しければ考えなくていいのか、答えてくれよ誰かおれの疑問にこたえてくれ。それだけがおれの救いになるはずだ


そんな若さもあった。
歳を重ねた今は、「いい歳して恥ずかしい」っていう基準に敏感でいたい。幼子の狡さに対応できる大人になりたい。親にはなれなくても、幅のある。


衣装ケースを玄関に置きっぱなしでキーボードに向かった。クローゼットの整理は今週中にできればいいだろう。
今度は綾子について書くときがくるかもしれない
おれは幸せになった。そしてこれからも幸せでいる。



2015/07/20


散文(批評随筆小説等) みんなへ Copyright Wasabi  2015-07-20 20:24:23
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