かもしか、君が好きだよ。
チアーヌ

わたしの知っているかもしかは緑色だ。松脂がびっしりと体について光っている。つやつやした毛並み、つぶらな瞳、五メートルほど前に立っていたかもしかは「誰?」と小首をかしげてみせた。

一歩前に出れば向こうは一歩下がる。もう一歩前に出ればもう一歩下がる。距離は縮まらないけれど不思議と嫌われている気はしない。なぜなら、かもしかはずっと笑っていたから。動物には笑顔が無いなんて言うけど本当かなあ。だってちゃんと笑っていたよ。

考えた。どうしたらいいかなって。一番簡単そうなのは投げ輪。首にひょいとかかったらあとは引っ張るだけ。できれば太い木の枝にひっかけ、体重をかけ一気に輪を引き絞るのがいいだろう。次に考えたのは網。頭上からかけてやることができれば、あとは棍棒で滅多打ちにすればいい。毒を食べさせるのもいいな。でもかもしかが好きなものってなんだろう。鉄砲があればなあ。一発で仕留められるんだけどな。

目の前でにこにこ笑うかもしか。楽しいんだろうな。森の中で光を浴びて松脂で輝いて。緑のかもしかよ、お前は役立たずだ、だからわたしの快楽のために殺される。

そろそろ不安になってきたか? 体の中に血が流れていることを思い出したか? 呼吸が止まれば死ぬことも? 皮を剝がれるのは痛いだろうなあ。でもそのときは死んでいるから関係ないよ。本当にそうかな? 試してみようか。楽しいね。とても気持ちがいい。

かもしかよ。お願いだからもっと笑顔を見せておくれ。目が潰れ鼻が潰れ口が裂け、それでも。まだ口角はちゃんと上がっているか? そうだ良く気が付いたね。さあ後ろを向け。ねえ、ここは、初めてかな?

死んでも泣いてもやめない。だってかもしかは確かに、わたしに微笑んだのだから。


自由詩 かもしか、君が好きだよ。 Copyright チアーヌ 2015-07-02 17:07:36
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