ものさし
夏美かをる

自然にできたグループに分かれて
植民地時代のボストンの街並みを色画用紙で再現している
春陽に包まれた5年生の教室

その穏やかな空間に一瞬そよ風が吹いて
支援クラスに行っていた娘がひらりと入って来る
だけど誰にも気づかれない
先生は出来上がった建物を順に壁に貼っていく作業で忙しい
生徒達もそれぞれの作業で忙しい
こちらのグループ、あちらのグループ
そちらのグループ、向こうのグループ
娘は次々に覗きに行っている
でも誰からも声を掛けられない

私はボランティアで算数の宿題の丸付けをしているが
視界の隅で娘にうろちょろ、うろちょろされては
赤ペンがちっとも進まない
そのうち・・・

あれ?娘に羽が生えてきた
あっ、娘がちょうちょになった
そう、娘は可憐で可愛らしいちょうちょ
こちらの花から あちらの花へ
そちらの花から 向こうの花へ
ひら ひら ひら ひら
軽やかに飛び回るちいちゃなちょうちょの存在になんて
所詮誰も気づかない
ああ、ちょうちょよ、ちょうちょ
楽しそうに咲き誇っている桜の花の 花から花へ

いや、待って!娘はちょうちょなんかじゃない
思わず立ち上がって近くのグループの子らに声を掛ける
「何か彼女にできることをさせてくれないかな?」
だけど何も起こらない
やっぱり娘はちょうちょだったんだ
そう、ちょうちょでいいんだ
群れ集う桜の花には たとえ無視されても
そのちょうちょは可憐でとっても可愛いのだから、
ちょうちょはちょうちょなりに一生懸命飛んでいるのだから

ちょうちょを追い続けているうち眩暈を感じたので
赤ペンの先に再び意識を集中させた時だった
花のひとつが突如ざわっと動いたのはー
男の子だった
「点と点をものさしを使ってつなげて
 出来た形をはさみで切ってごらん」
点々がいっぱい描かれた画用紙が男の子の手から
ちょうちょに向かって不意に放たれた瞬間
娘は娘の姿になり、
茶色い瞳をキラリと輝かせて
まっしぐらにものさしとはさみを取りに行った

さあ、娘よ
つなげよ、つなげ
点と点と点と点と点と点と点を
真っ直ぐにつなぐんだ!
そのものさしで、
お気に入りのものさしで
点と点の最短距離を 真っ直ぐな線で
つないで、つないで、つなぐんだ
つなぐことだけ考えよ!
止まるな、止まるな、つなぎ続けよ、
はみ出せ、はみ出せ、画用紙からはみ出してしまえ!
画用紙の向こうにも点々はあるぞ
点と点と点と点と点と点と点を 
はるか向こうまで辿って行くんだ!

娘よ
お前は羽音さえも立てない幼気なちょうちょなんかではない
また今度教室でちょうちょになりたくなったなら
机の中にいつもそっと仕舞われているお前のものさしを
ぎゅっと握り締めてごらん
そして 顔を上げて探してごらん
点々を 輝く点々を
お前が怖れている場所にも 必ず存在している
それら光り輝く星の数々を 
どこまでも、どこまでも 
そのものさしで辿ってゆけば
お前の健気で真っ直ぐな線が
お前を微笑ませてくれる誰かの心と
いつかちゃんとつながるかもしれないよ


自由詩 ものさし Copyright 夏美かをる 2015-06-24 03:22:47縦
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