あじのめだま
あおい満月
赤いマジックで
なまえを書く
書いても書いても
なまえは「名前」にならない
それどころか
書くほどにぶれて
水面をおよぐ魚の尾になって
ぴしゃり
血をはねる
はねられた
血の文字は
歩くうしろを
ぽたぽた
ついてきて
トイレのまえで
たちどまる
トイレの便器の闇が
目をみている
文字は手探りをしながら
便器の闇をおりていく
*
さかなをとってきたよ
少女がこの手にさしだすものは
乾いた魚の骨ばかり
いつも魚を食べるときは、
焼いた背の皮まで食べた
背骨をきれいに残して
星座にして皿の上に残した
少女だった。
この顔、この口。
母親に、
鯵の骨は鋭いから
食べないように
と右手を制されながら
残されたあたまについた
乾いた鯵の目玉が
少女だったわたしをみていた
**
窓硝子に
ひとりごとを描く
ため息のスプレーで
色をつけて
わたしの家の窓硝子は
いつも煤けて汚れている
母親のため息と
娘の手垢で
娘の手はあかい
指を切ったその血で
爪をあかく塗っているから
けれどぬればぬるほど
爪はいっこうに赤くはならない
娘は知らない
ほんとうの色とは
すべてそのからだの
中心のさきにあることを
***
母親のため息は
時間をまたひとつ
叩いてはちぢむ
木製の人形になって
夜をよぶ
外は分厚い曇り空
この家の窓の絵を飾るには
ちょうどいい壁紙
画鋲で固められた
思い出たちが
横目で空間をみつめている
※第27回船橋市文学賞佳作作品。